中国人女性として初の芥川賞作家となった才媛楊逸の小説第四作です。本書のヒロイン中国人女性の梅虹智(ばいこうち)は日本に来て1年8ヶ月で、やっと三流大学に合格し入学が決まって先に日本人の夫に嫁いだ姉思智(しち)からアルバイトを許され高級牛鍋料亭「なごん庵」に勤める事になります。姉も昔お世話になったお店で教育係のヨリコさんから「ココちゃん」という愛称をもらった虹智は、初めて経験する着物の着付けや言葉使いや礼儀作法を勉強しながら次第に勤めに馴染んで行きます。
本書の面白さは、来日外国人の物語ではお馴染みの片言の変な日本語よりもヒロインが経験して行く日本的な人間関係が醸し出す人生模様にあるでしょう。虹智が最後まで頓珍漢に水道局の仕事だと勘違いしたままの「水商売」の女性客「ヒジリちゃん」の華やかな宴席で浮かれ騒ぐ陰に秘めた悲哀の情、上品な常連客の藪中さん夫妻が何時しか夫人が来られなくなった悲しい事情、姉思智が仕事に打ち込み家庭を省みない夫への不満から昼間TVの韓流ドラマ「冬ソナ」にハマって恋愛に一途な韓国人男性に憧れる様子、等が興味深いです。そしてメインはヒロイン虹智の恋愛模様で、立派な態度に密かに憧れ恋する雲の上の存在である日本人の店長、片や全くその気がないのに盛んにモーションを掛け焼肉屋へ食事に誘う大学の友人の韓国人留学生の柳(ユヒ)の二人の存在の間で揺れ動く乙女心が微妙に描かれます。著者は終盤近くで虹智に2つの驚きを突きつけ試練を与えて唐突に物語を閉じます。本書は著者の作品中でも最も読者に想像を委ねるエンディングだと言えるでしょう。虹智はもしかしたら少し傷つくかも知れないけれど、芯の強さと潔癖な倫理感の持ち主なので結局は立派に乗り越えるだろうと私は思います。著者の流儀も解りますが、何時かこれまでの5つの物語の主人公の中国人達の後日談を書いてくれたら面白いだろうなと思いました。