川島雄三監督。昭和37年の作品。若尾文子主演。
団地の一室を写した画面とはおよそ似つかわしくない出囃子で幕を開ける。のっけから期待大。
女衒まがいの元海軍中佐の父親、面従腹背従順な妻、詐欺師の息子と作家の愛人の娘。この煮ても焼いても食えない家族のもとで起こる騒動を、彼らの住む団地のみを舞台に描く。
狭っくるしい団地を、ベランダの格子から、茶箪笥の上から、覗き窓から、ひしめきを縫うようにカメラが入り込んでいく。その「のぞき」の視点が面白い。撮影した宗川信夫を川島が絶賛したというのもうなづける凝りに凝った、ヒッチ的な唐突さと周到さを持ったカメラワーク。 この舞台劇に適した脚本を、映画にしかできない手法で見せている。
狭い団地では、隠し事もできない。例えば、息子とその不倫相手の三谷(若尾文子)とのいざこざを撮るときも、画面に隠れる姉や母が入り込んでくる。姉の不倫相手の作家が家にやってくるときも、画面には隠れる姉の姿が映し出される。
そして、団地の一室がまるでひとつのアジールと化したかのように、若尾を中心にして、彼女を慕う男達が恥も外聞もなく醜態を繰り広げる。剥き出しの欲望がぶつかりあう。そのなかで、あくまで冷静に状況を分析し、主導権を渡さず、論破していく。近づく男を実は利用していて、自分は決して罪を被らないで財を成した若尾文子のピカレスクぶり、かっこよすぎです。
徹頭徹尾、金をめぐる人間のグロテスクな争いを描いているのに、笑いを忘れない川島雄三のセンスはすごい。そして、新藤兼人が創造した登場人物達の節回しに聞き惚れる。セックスを連呼する息子に、「ものごとをむきだしにしてはいけません」と諭す母親の粋(実はこの人物が一番イッちゃってると思う)。言葉の隅々にまで気が配られている。
ブラックユーモアの大傑作である。