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76 人中、63人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 1.0
多読は有効だが、誇張が多い・・・,
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レビュー対象商品: さよなら英文法! 多読が育てる英語力 (ちくま学芸文庫) (文庫)
この本の著者が提唱する多読主義に一定の価値があることは認めます。確かに人によっては多読学習法が劇的な効果をもたらすこともあると思います。私自身も最近は、本書で主張されているほどではないにしても、できるだけ多く娯楽的な作品を読むようにしています。しかし、本書での論の進め方には納得のいかないものが多々あります。何より、学校英語や受験英語を批判したいがあまり、行き過ぎてしまったと見られるような誇張や大言壮語の類がかなり見られます。例えば、決まり文句について論じた箇所で、There you are!というフレーズを扱っていますが、訳書はどうあれ、ジーニアス英和辞典(第二版)のような辞書や古典的な文法書(井上義昌(1966)『英文法辞典』など)にも筆者が言う「それみたことか!」の意味はちゃんと掲載されています。訳書が誤りなのだとすれば、文法書や辞書を吟味しなかったことが原因であって、学校文法や英語教材の問題だとするのはお門違いの謬見です。 また、東京大学出版の『翻訳の技法』という本から、ある小説(Alain de Bottonの"Kiss and Tell")の冒頭の英文を5人の翻訳家がそれぞれに翻訳した部分を引用している箇所があります。著者は、その5人の翻訳が全て文学作品の翻訳としては失格であると指摘し、そこに学校文法の影響が働いていることを示した上で、5人が陥ったいずれの瑕疵をも免れているいう自らの試訳を掲載しています。その試訳は、確かに著者の言うとおり、英文の語順を尊重したものとなっていますが、そちらに拘泥するあまり、一番最初にある譲歩節がなぜそこにあるのか、よく分からない印象を与えてしまっています。これは英文と訳文を対置して読んでもらわないと分かりませんが、一番最初に「世界をどんなに広く見てきた人であれ」という趣旨の譲歩があるのですから、最後に「やっぱり自分が一番かわいいと思う」と続くことは著者の言うような予想外の展開ではなく、むしろ、想定内の内容だと思います。 さらに、後半での、Stephen Kingを読んだ中学生がいるという話の箇所ですが、多読のみで学んだ人間が難しい文法の英文を読めるようになるのか、という疑問を予想して、著者は小説の一節のIt should have been you.という一文の意味を多読を実践している子供がいとも簡単に答えたということを指摘しています。しかし、この文を文法的に難しいと言ったり、文法書や辞書で英語を勉強した大人ではまず解釈できない、と言ったりするのは正鵠を射ない誇張だと思います。基本的には強調構文の省略形とshould have p.pが融合しているだけのものであり、文脈があれば(学校英語を勉強した)高校生でも十分、答えられると思います。多読だけで難しい英文を読めるようになるのか、という時、その難しい英文とは一文が10行にも20行にもまたがるような息の長い文で書かれた古典作品のようなものを指します。例えば、アメリカの国民的文学とも言えるWashington Irvingの作品などを正確に読めるようになるのか、ということです。 こうして見ると、筆者は少なくとも学校英語の批判や、現役の翻訳者たちの批判の箇所については、狭隘な見方に支配されているむきがあるように思われます。多読学習法が興味深いものであるということは理解できますが、本書を読む際には、行き過ぎた批判や誇張を鵜呑みにしないよう銘記しておくべきです。
17 人中、13人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 2.0
学校英語への強い批判と、その脱却としての多読の効用を説いてはいるが…,
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レビュー対象商品: さよなら英文法! 多読が育てる英語力 (ちくま学芸文庫) (文庫)
著者は、多読三原則を考え出し、「SSS式多読」を世に提唱し広めた、「多読の創始者」と呼んでいい方でいらっしゃる。 著者が2002年に出版した『快読100万語!ペーパーバックへの道』(ちくま学芸 文庫)や、著者と志を同じくする人たちが集まり発足した「日本多読学会」により、 その後急速に多読が英語教育界に急速に浸透していったことから、著者が英語 教育において果たした役割は非常に大きい。 本書は、その著者が、「学校英語」への強い批判とその脱却としての多読の効用 を改めて述べたものである。その意味では、前著『快読〜』の続編といってもいい。 本書の構成・内容しては、2部構成となっていて、1部では主として英語書物の 日本語翻訳を例にとり(中には翻訳界の「大御所」の翻訳も例にとったものも ある)、学校英語に「毒された」ために起こっている「誤訳」や、日本語として 不自然なものを集め紹介している。また検定教科書の不自然さを痛烈に批判している。 そして2部では、その解決策として多読が果たす役割がいかに大きいかを説いている。 しかし、批判の対象となっている「学校英語」とは何を指しているのかその定義 がなされていないことも原因の一つだが、本書で紹介されている「誤訳」が、本当 に学校英語の悪影響のために起こっているのかが非常に曖昧である。 検定教科書にしても、著者の述べるほど悪影響を与えるなら、國弘正雄氏や斎藤 兆史氏等といった、教科書中心で学ばれてきた方たちの非常に高い英語力をどのよう に説明するのか、といった疑問も感じてしまう。 (「学校英語」や検定教科書に問題がないと言っているのではなく)著者の主張が やや「加熱」してしまっているのが何とも残念である。 多読は、確かに効用があると思う。しかし、著者が年を重ねるごとに主張が強く なり、本書では「言葉の獲得に文法はいらない」(p. 16)というところに至る と、やはり違和感を感じざるを得ない。少なくとも、その主張に対する根拠を 示していただかないと、(きっと多くの人には)納得できないし、現在出版され ている本書以外の多読関連の一部の本でも、その内容は自己至上主義で独善的・ 自慢的な姿勢が見られることもあり、却って多読への不信感となってしまうのでは ないだろうか。 以上のことからも、初めて多読を始める方には、古川昭夫氏や佐藤まりあ氏、 あるいは著者の前著等の書籍をまず参考にされた方がいいと感じる。
1 人中、1人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 3.0
玉石混淆,
By Spenser (東京都町田市) - レビューをすべて見る
レビュー対象商品: さよなら英文法! 多読が育てる英語力 (ちくま学芸文庫) (文庫)
まあ熱い本である。著者は団塊世代によく見かけるタイプのお人のようだ。本書と「どうして英語が使えない」を読んで,言いたいことは山ほどあるが,時間がもったいないからなるべく簡潔にすませよう。一言で評価をいえば「玉石混淆」。掬すべき意見,有益な指摘・提言がある一方,誤解に基づく謬見や思いつきの域をでない戯言も少なくない。このレビュー欄で賛否がきれいに分かれているのも玉を見る人は玉を評価し,石が目障りな人はそれを排除しようとする現れと思われる。山ほどの中から1つだけ取り出すと,著者の文法軽視の姿勢の当然の帰結というべく,日本語についての認識が決定的に不足しているということだ。多読に関する部分を除いた主張で著者とかなり重なることを説かれている,同じ版元出版の山崎紀美子氏(「やりなおし基礎英語」ほか)と比べると,その差は歴然としている。
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