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これはとある書店の子どもの本コーナーにあった。恥ずかしいと意識はなかったけれど、まわりは子どもか、子どもをつれた母親ばかりで、男は僕一人だった気がする。そして、読み終えた僕は、コーナーから離れた。
涙が出そうになったからだ。
物語の構造はシンプルで、不治の病を知ったエルマおばあさんが死を迎えるまでの一年間、飼い猫の視点で伝える写真絵本だ。
エルマおばさんは、延命治療を拒否し、家族に見守られながら死にいたる。写真ははっきりとわかる死の過程だった。死の過程に魅入られたわけではなく、死を受け入れる当人と、見送る人々の態度に感動した。
死は悲しい。そして必ずやってくるものでもある。それをどう受け入れるかは、当人の生き様にかかってくるのではないだろうか?
昔、尊厳死の問題で、NHKのコメンテーターは、死ぬ当人は、残される人々のことを忘れてはいけない。残された彼らは、ずっと苦しまなくてはならないのだから、たとえ不治の病でも、残される人々のことを考え、生きることを最後まで努力すべきだ、と。
残される人間のために、死にかけている人の苦しみを引き伸ばすのは、残される人々のためだろうか?
死は軽々しく語られるものではないけれど、いかに死ぬべきか、は当人の選択と残される人々の同意を得られないのだろうか?
少なくともNHKにでた患者は「こんな死に方は望みじゃない」といって苦しみながら死亡した。コメンテーターはあの残された家族に向かって同じ台詞が言えるだろうか?
エルマおばさんは、自分で死を決定した。自分の人生を見つめ、親しき人々に別れを告げ、怒りを感じた人にたいしても赦した。すべてを清算し、まだやりたいこともあっただろうけれど、少なくともすべてを受け入れる準備をした。
残された家族、親戚、友人たちも笑顔で見送った。涙を流しはしたが、相手を悲しませる涙ではなかった。エルマおばさんも、見送る人々も、暗黙のルールがあるかのようにふるまっていた。
そしてエルマおばさんは静かに逝った。最後まで美しくて、その美しさに涙がでた。猫は最後までおばさんのそばにいた。
写真では生生しいのでは?と思ったのに、読み進む内に真実のファンタジーへ引きこまれていきます。これが、猫の目線にいる作者の愛情なんだなと思いました。 誰かに悲しみも喜びももたらしながら、人は生きているんだあ(死んでいくんだ)と思ったら、自分のこともちょっといいなと思えてきます。 多くの方に読んで欲しいな、と思います。
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