同級生の被告「豊田亨」について、もっと多くのことが書かれているものと思っていました。しかし、著者独自の取材で、著者しか知ることができない話が紹介されているのは約350頁のうち、せいぜい数十頁です。法廷での様子は「オウム法廷」(降幡賢一)からの引用です。被告の家族や友人、恩師にインタビューもしていません。つまり被告の人間像を浮かび上がらせる意図は初めからほとんどないようです。
その一方で、「二度と繰り返してはならない」という格好いいフレーズが頻繁に出てきます。また、著者自身のことも熱心に語られています。若くして音楽の才能を認められたこと。著名な指揮者から伝授賜ったこと。学界の人脈などなど。読者にすれば、知りたいのは「豊田」という人間が、どうしてサリンを撒いたのか、撒いてしまったのかという点であって、著者の自慢話ではありません。東大で物理を研究し、なおかつ音楽の才もある著者が、新たに「文筆」の勲章がほしかったというのが、執筆の動機なんだと思いました。開高健賞について言えば、東大仲間から集英社スタッフを紹介され、応募したと無邪気に打ち明けています。最初から「縁故応募」であり、受賞は決まっていたことが分かりました。いずれにしても、散漫な内容で、がっかりです。