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136 人中、116人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 2.0
中途半端で、ちょっと嫌み,
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レビュー対象商品: さよなら、サイレント・ネイビー ――地下鉄に乗った同級生 (単行本)
同級生の被告「豊田亨」について、もっと多くのことが書かれているものと思っていました。しかし、著者独自の取材で、著者しか知ることができない話が紹介されているのは約350頁のうち、せいぜい数十頁です。法廷での様子は「オウム法廷」(降幡賢一)からの引用です。被告の家族や友人、恩師にインタビューもしていません。つまり被告の人間像を浮かび上がらせる意図は初めからほとんどないようです。その一方で、「二度と繰り返してはならない」という格好いいフレーズが頻繁に出てきます。また、著者自身のことも熱心に語られています。若くして音楽の才能を認められたこと。著名な指揮者から伝授賜ったこと。学界の人脈などなど。読者にすれば、知りたいのは「豊田」という人間が、どうしてサリンを撒いたのか、撒いてしまったのかという点であって、著者の自慢話ではありません。東大で物理を研究し、なおかつ音楽の才もある著者が、新たに「文筆」の勲章がほしかったというのが、執筆の動機なんだと思いました。開高健賞について言えば、東大仲間から集英社スタッフを紹介され、応募したと無邪気に打ち明けています。最初から「縁故応募」であり、受賞は決まっていたことが分かりました。いずれにしても、散漫な内容で、がっかりです。
112 人中、93人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 1.0
著者はいったいどこに立っているのか?,
By 冬野紫 (東京都) - レビューをすべて見る
レビュー対象商品: さよなら、サイレント・ネイビー ――地下鉄に乗った同級生 (単行本)
こういう話を延々と語る東大出身者はあまりに多く、彼らの欠点とまったく同じものが本書にもありありとうかがえる。 それは、自分たちの使用している言葉や考え方が、 自分たちのサークル内でしか通用しないことに これっぽちも気がついていないということだ。 オウムに言及し、再犯防止プログラムをつくろうとしている著者なら まずは、そのことにこそ気づくべきではなかったか。 親友といいつつ、 豊田がオウムに入信したことに気づかなかった著者が 果たして親友といえるのかという疑問はある。 豊田にゲラを読ませて訂正させたといいつつ、 訂正個所をあえて示す著者の確信犯的意地悪と自己顕示欲を 豊田が気づかないと思うだろうか。 それは割り引いたとしても、 豊田の母親が著者の助教授就任祝いにワイシャツの生地を贈ったこと、 そんな母親と豊田の親子関係について著者がまったく言及せず、 疑問すら抱いていないことに本書最大の問題点を見る気がした。 著者はいったいどこに立ち、どこから物を見ているのか??
32 人中、26人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 2.0
失敗学は必要。でもだからといって死刑を廃止すべきとはならない。,
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レビュー対象商品: さよなら、サイレント・ネイビー ――地下鉄に乗った同級生 (単行本)
オウム真理教によって引きおこされた日本犯罪史上に残る「地下鉄サリン事件」。その実行犯である豊田亨は東大出身であり、その彼とかつて同じゼミに所属し、実験の パートナーでもあった筆者。あの日あの地下鉄日比谷線に乗った彼と「私」との間には、 どんな違いがあったのか、そしてどんな共通性があったのか。それを探るノンフィクション。 期待して読んだものの、書かれてあるのは「オウム事件」のみならず「ブルセラ少女」や 「モンスターマザー」など、さまざまな問題が社会で取り沙汰されたときにたびたび繰り 広げられるあの「彼らは我々だ」という論調。たしかに、どんな事件にしろそれが社会の 中で起きている以上、同じ社会につながれた我々に関係がないわけではない。 でもそれと我々をいきなり結びつけて考えるのは短絡的すぎるだろう。豊田は、いつまで 経っても独自の研究ができないという日本のアカデミズムのありかたに絶望した後に入信 したのかもしれない。しかし当たり前のことだが当時、彼以外の他の研究者はオウムに なぞ入らずに、日夜頑張って論文を書いていたのである。たとえそれが、先人たちの教え を「写経」するようなものであったとしても。 また本文中では、あまりの恐怖体験で脳に血流量が減ってものが考えられなくなるという ことから、戦中の魚雷回天の話へとつながっていくのだが、どうもそこからの太平洋戦争 の話は、はたしてこの本の論旨の中でどういう役割を果たすのかがわからなかった。 筆者の言うとおり、失敗を詳細に分析して、二度とそれと同じ過ちを犯さないようにする という「失敗学」は必要なのかも知れない。でもそれだからといって死刑を廃止するべき ということにはならない。ここでの筆者はずるくて、94年のルワンダで起きた何十万人も の犠牲者が出た大量虐殺の事後処理の例を出しているのだが、そんな大規模の事例を あらゆるケースにまで当てはめることは、どう考えても無理があるのではないか。それでは、 これまでもにも何百件も同じような事件があったであろう強盗殺人の被告も、生かされる べきと言うことなのだろうか。そこから「失敗」を学ぶために。 こういうとき少数派の側に立つ者は、多数派が煽られて極端な意見に走っているということ を叫ぶ。しかし、時には極端な多数派の意見が正しいに決まっているというときもあるので ある。そしてそれがまさにこのオウム事件だ。筆者は読者にも豊田にも中立な立場でものを 書こうとしていることは認めるが、このケースにおいては中立的立場でさえ、豊田贔屓にし かならない。 なにしろ、ポリ袋にビニール傘を突き刺し、サリンを外界の空気に忍び込ませるという大量 殺戮の最終段階を執行したのが豊田亨であるということは、疑う余地なき事実なのであり、 こんな本を書いた筆者がもし遺族にぶん殴られたとしても、それはそれで致し方ないのかも しれない。
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