登録情報
|
|
あなたの意見や感想を教えてください:
|
||||||||||||||||||||||
|
最も参考になったカスタマーレビュー
6 人中、5人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
決して声高ではないが、地味で渋い戦争/平和論,
By
レビュー対象商品: さざなみ軍記・ジョン万次郎漂流記 (新潮文庫) (文庫)
翻案が時に単なるリライトではないかというくらい元ネタの文章そのまんまなことがあるこの作家の「癖」は、その死後に一部研究者やジャーナリスト等から攻撃されている。元ネタとの読み比べは今後の楽しみに取っておくつもりの僕はこの点については判断保留だが、誰でも聞いたことのある「山椒魚」「黒い雨」「ジョン万」がこのような疑惑を指摘されている一方で、本書所収の三作品の中では僕の知る限りそのような疑いをかけられていない二作品の方に作家の力量を圧倒的に感じたのも事実だ。まず「さざなみ軍記」だが、平家の少年が源平合戦で落ち逃げていく様を描いたラストの切れ味と余韻は名人芸である。また、戦時疎開中に出会った少年達とのお喋りからタイムスリップ物語二つを空想して、一つを途中で切り捨てて現実に戻り、また別の物語世界に没入して、そのまんま終わるという「二つの物語」も天才技の作品である。虚実の間に遊ぶ様はそのまんま小説と随筆の間を行き来してみせていることにも通じるのだが、これらの作品を読んで僕は志賀直哉のことを思い出した。実際、井伏が志賀直哉のファンだったということを弟子の河盛好蔵が回顧しているが、これらの作品の無駄を削ぎ落とした文体と構成力は確かに志賀直哉クラスのものだと思う。 そして何よりも大事なことは、両作品が戦争論として構想されている点である。(「ジョン万」で描かれた日米国民の交流も、昭和十二年発表というタイミングを考えるとある種の態度表明と読める。)「さざなみ」のラストに描かれた平和な小休止に戦いの予感が漲る緊張感は、昭和十三年という発表年を考えると示唆に富むし、「もうこんな惨酷は止してもらいたい。」という「二つの話」ラストの一見平凡なメッセージに強い説得力が備わっているのも、作家の腕の成せる業だろう。
5つ星のうち 5.0
ジョン万次郎漂流記,
By HG - レビューをすべて見る
レビュー対象商品: さざなみ軍記・ジョン万次郎漂流記 (新潮文庫) (文庫)
万次郎は漁中に台風で遭難、無人島に漂着したが近くを通過したアメリカ捕鯨船に拾われた。船長に認められアメリカで教育を受ける。 捕鯨船に便乗して十二年後に琉球へ帰る。面白いのは薩摩の島津は殿様が直接米国事情を聞き取る場面がある。 行政はどの様に行われているか質問している。 当時の日本は幕末、開国を迫られる時期で米国事情に通じ、言葉が自由な万次郎は幕府に取り立てられる。
あなたの意見や感想を教えてください: 自分のレビューを作成する
|
|
|
この商品のクチコミ一覧
クチコミを検索
|
関連するクチコミ一覧
|
|
|
|