うちの風呂場には、いつの頃からか防水ラジオが置いてある。感度があまり良くなくて、仕方なくNHKに合わせてあるが、実はあまり使う機会がない。しかし今朝はなぜか、シャワーの蛇口をひねる流れでラジオのスイッチを入れた。土曜日の朝NHKではアナウンサーの朗読をやっていた。
角田光代さんの「さがしもの」だった。
おばあちゃんが入院を機に、孫娘に一冊の本を探すように頼む。まだ中学生だった孫は、近くの本屋を探すが無いと言われ諦めかける。おばあちゃんは「見つけられないなら、死んでも死にきれない。化けて出てやる」とまで言う。孫娘は遠くの本屋、古本屋にまで足を延ばすが、結局は見つけられないまま、おばあちゃんは亡くなってしまう。
案の定、おばあちゃんは化けて出てきた。本はまだかと催促する。孫娘は日常の雑事に流されて、いつのまにか探すことを諦め、忘れていく。
大学生になったある日、孫娘は本屋でおばあちゃんが探していた本に偶然出会う。探してもないはずだった。探していた本は戦後間もなく出版された本で、偶然目にしたその本はそれが最近復刻されたものだったのだ。
本を通しておばあちゃんと向き合い、本屋さんの独特の匂いに馴染んでいく孫娘を通じて、時間の中にミルフィーユのように、角質のように沈殿していくさまざまな苦悩や葛藤が、綺麗に描かた作品だ。
私は祖父、祖母を幼いうちになくしていて、死に対する感覚があまりない。もっとも近しいおばちゃんも、亡くなったのは突然で、生きている人の死を覚悟するヒマはなかった。
朗読の中に、「死が怖いのは、あれこれ想像するから。目の前のこと一つ一つ片付けていれば、恐怖はいつかなくなる」というくだりがあった。おばあちゃんはそうやって生き抜いてきたのだろうし、きっと恐怖なんてそんなものだと思えばどうにかなる、という教えだったのだろう。死だけではなく、目の前のどうにもなりそうにない出来事もそんなふうにやり過ごしていくのが、生き方なのだ。
人間は考える葦であり、感情の動物であり、そして創造する。たった30分ぐらいの朗読だったが、あれこれ考えさせらせ、思いがけずに長いシャワータイムになった。