筆者は日本老年行動科学会の前会長をお勤めになった心理学者である。
『第2章 なぜ、能力が衰えても自信があるのか?』の
3.なぜ、わがままな人は長寿なのか?
6.なぜ、長生きする人は肉が好きなのか?
この辺りは大いに納得。
思わず将来の私の事かと思ってしまった(笑)。
素晴らしい事に86pには100歳の現役医師・日野原重明先生が
今も週に2回はビーフステーキを食べる事が紹介されている。
但し、 『第5章 なぜ、人の世話になりたくないのか?
-1.なぜ、ピンピンコロリ願望はうさん臭いのか?』の章だけには反論が有る。
筆者はピンピンコロリ願望には違和感を感じ得ないと言う。
胡散臭くて仕方が無いと。
それはこの願望の根底には介護が必要なヒト達に対する潜在的否定意識、差別感が有るからだと言う。
「ああはなりたくない。」
「死ぬまで自立が幸せである。」
こういった思想の行き着く先は、恐ろしい事にそう言うヒト達の消去・抹殺なんだとか。
そんな胡散臭い願望が巾を利かせているのは、そう思わされる大きな圧力が掛かっているからだと言う。
殆ど全ての要介護者が自分の意思で生活出来ていない悲しい現実がある。
そしてピンピンコロリを目指して、もしそうならなかった場合、生きる希望が無くなってしまうとも言う。
だから「介護されるのも悪くは無い」と思えないと上手く行かない、
必要なのは「自立支援」よりも「自律支援」だと主張する。
果たしてそうだろうか。
日野原先生のように100歳を過ぎても現役でいたい。肖りたい。
最後まで管からではなく、日野原先生のように自分の口から美味しい肉や魚を食べたい。
タダそれだけである。
介護される立場になれば、将来どんなにシステムやマンパワーが整備されたとしても多少は「遠慮」が生まれるのは止むを得ない。
筆者が目指すべしと言う「自律型」(自己決定が存分に保障される)介護システムの構築はそう簡単ではないと考えるからだ。
自分の健康には楽観的な私も、我が国の介護システムの行く先に関しては筆者ほど楽観視してはいない。
皆が『介護されるのも悪くない』と思える様な、何でも自分の希望・意志が通るバラ色の介護システムが出来るのか?
むしろ逆、悲観的。国民に「覚悟」があるとも思えない。
介護システムを維持するお金(消費税の大幅増税は可能?)も、
介護者たる若いヒト(移民の大量受け入れは可能??)もこれからどんどん細る一方なのだから。
だったらやはり自分の要介護期間は出来るだけ短くしたい。
その為の努力も惜しまない。
理想は100歳でも現役バリバリ、そして要介護期間ゼロ。
此の世の中、そうは上手くは行くまいが(笑)。
自分の事は誰に遠慮も無く、最後まで自分で決めたい。
その為に生活習慣を見直し、スローエイジング理論を実生活に応用し、美味しく楽しく元気で御機嫌に過ごす。
やっぱり私はわがままなのだろう(笑)。
そうとすれば、筆者の文脈(第2章第3項)からすれば私には長生きの可能性が有るのかも知れない(笑)。
「自律が大切。」 「自律が幸福。」
これらの思想は私と全く一緒だし、他の章は実に素晴らしい分析が続くが、
我が国での平均7年(実は世界最長)にも及ぶ要介護期間は仕方が無いのか?。
心の持ち様を変えるしか本当に方策が無いのか?。
私はパラダイムを変えれば介護期間の短縮は可能と考える。
『どうせピンコロになんかなりっこない。そもそもピンコロは差別!』
と言う筆者の考えは旧パラダイムにどっぷりと浸かった、実に後ろ向きな思考だと言わざるを得ない。
ここが響いて星は3つにさせていただく。