私はひとり旅派だが、初めての街では、手っ取り早く様子や雰囲気を知るため市内遊覧バスのお世話になる。その土地を知り尽くしたガイド嬢の軽妙で内容豊富な話術に触れると、懐かしさを覚えることもあるから不思議だ。
だから冒頭、古都・奈良のバスガイドが九州出身で、就職の決め手は制服の可愛さだったと切り出されたときは、オイオイ大丈夫か、と突っ込みたくなった。
ちょうど別の本で、数多ある寺社の名称や本尊などの、一字二字微妙に違うだけの名前の区別に苦心惨憺したばかり。地理歴史が得意なひとでも混乱しそうな情報を、ミーハーな女の子が仕事の必須知識としてちゃんと覚えられるのか、すごく心配になった。
案の定、先輩からはもちろん、意地悪な客からも、キツくシゴかれ、幾度も泣きが入ったようだ。だが最後は、明るく前向きで負けず嫌いの性格や、次第に芽生えていくプロ意識が、とても越えられそうになかった壁を突破できた最大の要因なのだとわかる。
最近の若いモンは(と書くとトシがバレるが)、功名心にはやるくせに下積み作業をあからさまに嫌がる。気に入らないことがあるとすぐ「や〜めた」と会社を飛び出す。だが、石の上にも三年、地味で単調な基本の習得もせずに応用問題をやろうったってムリな話。
単なる憧れだけではどうにもならないからこそ、頑張れば頑張っただけ喜びが生まれ、明日への活力が湧くものがあるのだ、と、著者は生々しい実体験から力強く教えてくれる。
ベテランの域に達し、客あしらいも余裕綽々。きついツッコミも、サラッと躱すだけでなく明日以降のネタに変えてしまう、転んでもただ起きない精神。
「何年もやっていればそうなれるさ」と言うのは簡単。だが、そこまでの苦労を笑って話せるひとがどれほどいるか。
著者の元気で明るい笑顔に癒されに、奈良へ行きたくなった。