内容紹介
バレエの華麗なダイナミクスはソビエト・バレエが創った! 高度なテクニックと繊細なドラマツルギーを生んだ20世紀ロシアのすべて。
■プロローグ
新世紀のロシア・バレエ/フョードル・ロプホーフ―彷徨の始まり
■第一部 レニングラード
ワシリー・ワイノーネン―革命の余韻/アグリッピナ・ワガノーワ―鉄の女/ロスチスラフ・ザハーロフ―コレオ・ドラマの時代/プロコーフィエフとラヴロフスキー―虐げられた音楽家/ワフタング・チャブキアーニ―辺境の燃える太陽/ハチャトゥリャーンと「剣の舞」―咆哮する民族の血/レオニード・ヤコプソーン―頑なな造形家
■第二部 モスクワ
アレクサンドル・ゴールスキー―未完の実験/カシヤン・ゴレイゾフスキー―流離する振付家/ウラジーミル・ブルメイステル―演劇バレエの系譜/ユーリー・グリゴローヴィチ―英雄詩の時代/マイヤ・プリセツカヤ―闘う舞姫/カサートキナ=ワシリョーフ―モスクワの若き異端児/ウラジーミル・ワシーリエフ―彷徨する英雄
表紙:ニーナ・アナニアシヴィリ、アレクセイ・ファジェーチェフ
■プロローグ
新世紀のロシア・バレエ/フョードル・ロプホーフ―彷徨の始まり
■第一部 レニングラード
ワシリー・ワイノーネン―革命の余韻/アグリッピナ・ワガノーワ―鉄の女/ロスチスラフ・ザハーロフ―コレオ・ドラマの時代/プロコーフィエフとラヴロフスキー―虐げられた音楽家/ワフタング・チャブキアーニ―辺境の燃える太陽/ハチャトゥリャーンと「剣の舞」―咆哮する民族の血/レオニード・ヤコプソーン―頑なな造形家
■第二部 モスクワ
アレクサンドル・ゴールスキー―未完の実験/カシヤン・ゴレイゾフスキー―流離する振付家/ウラジーミル・ブルメイステル―演劇バレエの系譜/ユーリー・グリゴローヴィチ―英雄詩の時代/マイヤ・プリセツカヤ―闘う舞姫/カサートキナ=ワシリョーフ―モスクワの若き異端児/ウラジーミル・ワシーリエフ―彷徨する英雄
表紙:ニーナ・アナニアシヴィリ、アレクセイ・ファジェーチェフ
内容(「BOOK」データベースより)
バレエの華麗なダイナミクスはソビエト・バレエが創った。高度なテクニックと繊細なドラマツルギーを生んだ20世紀ロシアのすべて。
著者について
赤尾 雄人
1960年東京生まれ。古典バレエ論。1983年、東京大学教養学部教養学科(赤尾 雄人
1960年東京生まれ。古典バレエ論。1983年、東京大学教養学部教養学科(ロシア分科)卒業。1985年、東京大学大学院総合文化研究科比較文学比較文化専修・修士課程修了。現在コマツ(株式会社小松製作所)勤務。モスクワ(1991~95年、2001~04年)、アシガバト(トルクメニスタン、04~05年)、ジャカルタ(05~06年)駐在を経て、09年9月~モスクワ駐在。
著書に『バレエ・テクニックのすべて』、共著書に『改訂版ダンス・ハンドブック』、『200キーワードで見るバレエの魅惑』、共訳書にヴォルィンスキー『歓喜の書』、『オックスフォード バレエ&ダンス事典』などがある。その他「ダンスマガジン」、バレエ公演プログラムなどに寄稿。
1960年東京生まれ。古典バレエ論。1983年、東京大学教養学部教養学科(赤尾 雄人
1960年東京生まれ。古典バレエ論。1983年、東京大学教養学部教養学科(ロシア分科)卒業。1985年、東京大学大学院総合文化研究科比較文学比較文化専修・修士課程修了。現在コマツ(株式会社小松製作所)勤務。モスクワ(1991~95年、2001~04年)、アシガバト(トルクメニスタン、04~05年)、ジャカルタ(05~06年)駐在を経て、09年9月~モスクワ駐在。
著書に『バレエ・テクニックのすべて』、共著書に『改訂版ダンス・ハンドブック』、『200キーワードで見るバレエの魅惑』、共訳書にヴォルィンスキー『歓喜の書』、『オックスフォード バレエ&ダンス事典』などがある。その他「ダンスマガジン」、バレエ公演プログラムなどに寄稿。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
赤尾 雄人
1960年東京生まれ。古典バレエ論。1983年、東京大学教養学部教養学科(ロシア分科)卒業。1985年、東京大学大学院総合文化研究科比較文学比較文化専修・修士課程修了。現在コマツ(株式会社小松製作所)勤務。モスクワ(1991~95年、2001~04年)、アシガバト(トルクメニスタン、04~05年)、ジャカルタ(05~06年)駐在を経て、09年9月~モスクワ駐在(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
1960年東京生まれ。古典バレエ論。1983年、東京大学教養学部教養学科(ロシア分科)卒業。1985年、東京大学大学院総合文化研究科比較文学比較文化専修・修士課程修了。現在コマツ(株式会社小松製作所)勤務。モスクワ(1991~95年、2001~04年)、アシガバト(トルクメニスタン、04~05年)、ジャカルタ(05~06年)駐在を経て、09年9月~モスクワ駐在(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)