愚生が大学、医局を過ごした80〜90年代、本著者松永暢史氏は夙に有名な家庭教師であった。これまで様々な学習法や子育て本等著されているが、本書はその何れとも異なる。構成は、
第1章 教育行政の遡及的概観
第2章 教育現場の各論的解析
第3章 著者からの提言
教育論というテーマの性質上、抽象的文明論に終始する、時系列的羅列に留まるもの、或いは著者の独善が透けて見える一般性を欠いた著作が殆どである。本書の読み易さは、理解に不可欠な背景知識や時代的価値観を読者に意識させない範囲で巧みに織り込みつつ、独自の視点と考察を失っていない点にある。松永氏自身の文学的哲学的造詣を窺わせるが、法人組織に就職せず生きてきた経歴が大きいと感じた。それゆえニュートラルかつ冷徹に教育行政、教職員組合、受験産業を論じ、それらに振り回されることなく賢くある手段を提示し得たのだろう。
出色なのは第3章にある教育界への提案で、殊に大学院生の雇用には諸手を挙げたい。国立大の多くはポスドクの処遇に苦慮し、一部ビジネススクール等を除けば文系院生の多くはワーキングプアではなかろうか。教員養成学部は最も入り易い学部で、在学中も大して勉強せずに卒業可能で、コネの噂が絶えない採用試験に通りさえすれば余程の大罪を犯さない限り身分が保証される。公立校には時給換算で5百円以上の授業をしようとしない教師が見受けられるのも、無理からぬことである。教育学部以外の院生達にも門戸を開放すれば彼らの生活安定のみならず、既存教師への刺激も期待できよう。
本書に限らず松永氏の著作に貫徹するのは、好奇心や感性を壊すことなく自律的に賢くなり続けること、そのためには認知に優れ、主体的判断と日本語表現に長ける必要があるというもの。端的に、人間性の遵守と自律的発現といえよう。
子供を持つ親御さん以外にも、広く読まれることを期待したい。
☆ひとつ減じた理由は、「君が代」についての提案である。国旗国歌法に、罰則は馴染まないという点は理解できる。しかしそれは、国旗や国歌に敬意を払えないことは恥であるという前提あればこそ成立する。「カレーにニンジンを入れるのは理不尽」という主張は意味を持つが、「何故この赤い作物をニンジンと呼ばねばならないのだ」では話にならない。元より、教職員組合は結論を得るつもりはないのだ。著者の言葉を借りれば、議論すること自体「弁証法的に止揚されないで不毛」である。
イギリス国歌は「スコットランドを打ち砕け」とあるし、フランス人達は「暴君の血で染めた旗」を仰いでいるのだ。有史の矛盾や齟齬を内包しているものがNationalAnthemと言えまいか。
そもそも現代に尊皇思想など存在するのか。先帝陛下が「堪ヘ難キヲ堪ヘ」肉声を発せられた瞬間、国民の象徴に留まったのだ。その証拠に、皇室といえども少子化の影響で後継に苦しみ、嫁は心の病を患っている。恐らく、現代日本人の多くは「君」を二人称として捉えていることだろう。当然象徴としての皇室との間に矛盾など感じていないはずである。
(2012年3月13日、加筆修正)