舞台は原爆投下の1945年……夏。
悲劇的なストーリーが描かれていくのかと思ったら、
上中巻同様に、淡々と話が進んでいく。
ときにユーモアを交えながら、相変わらずのゆったりとしたというか
ほのぼのというか……そういうあたたかさに包まれて、そして……
「悲劇」が描かれる。
まるで、「戦争漫画のセオリー」へのアンチテーゼのようだった全3巻。
それを「あざとさ」と見た人もいただろう。
けれども私は、
こうのさんは、「そういう描き方をしたくなかっただけなのだ」と思う。
原爆投下を描いたこの下巻の表紙の暖かさの意味するものを
考えなければならないと思う。
戦争とは……と議論をふっかけるようなストーリーにせず、
あえて「日常」を描くことで、
その日常がじわりじわりと壊れていくことを伝えたかったのとだ思う。
しかしその中に、
「それでも私たちは生きていける」というメッセージがこめられている。
本当に悲しいこと、むごいことは、無理に悲しく伝えなくても、
きちんと伝わるのだと、読み終えて改めて思った。
もういちど、上巻から襟を正して、しっかりと読み返してみたいと思う。
著者がついに一度も大声では叫ばなかった「平和」というものの意味を
考えながら、傍観者にならずに。