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うことだった。生きることに少年期に考えたような大層な意味がないこ
とを悟った今、その疑問は切実だった。宮台は、「そこそこ楽しい、そ
れでも無意味」と思うのか、それとも「無意味だがそこそこ楽しい」と
思うのか、それが分岐点だと言う。近代の勃興期には人々に意味を追求
させることで社会が発展した、しかし後期近代の今必要な態度とは、今こ
こを楽しめる感度だと宮台は言う。それが「終わりなき日常」における
生きる知恵ということだろう。この生きる知恵を獲得すること、それが
生と死の分岐になると僕は思う(しかしそれには時間が必要らしい)。
そんな私なのだが、この本を読み、肩の荷を軽くすることができた。なぜなら、人生は無意味であると認める生き方もあると書いてあったからだ。
本書の文庫版あとがきでは、鶴見済の「完全自殺マニュアル」をそばに置くことで、いつでも死ねるという安心感から生きる希望が持てるとするケースを紹介している。
私にとって、本書から受け取ったメッセージはこれに近い。
社会の重圧に押しつぶされそうになっても、「無意味」だからと思うことで楽になれる。
宮台氏は、事象を分析しているだけで、どれが一番いい生き方だとは断言していない。あくまで、どれを選択するかは読者にゆだねている。
であるから、本書の受け取り方は人それぞれであろう。
あなたは本書に触れ、何を感じ取るのだろうか?
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