どの本でも構わないが、エキサイティングな読書体験とは、移りゆく文章の流れに身を任せているときに起こる快楽の体感である。
「このあいだ〜」は移りゆく文章の流れそのものにスポットを当てた作品である。文脈を構成する、一つのことば、一つの意味から次のことば、次の意味へと至る運動に青木淳悟は最大の関心を払う。
だから、周到に組み合わされた文章を辿りつつも、ふと立ち止まって振り返れば、読者は当初の地点から思いもよらぬ地点へ運ばれていることに陶然とさせられる。そして、重要なのは「このあいだ〜」において読者をある地点へと運ぶことが結果でしかなく、作者の企みは運ぶという行為それ自体にあるということに気づくことである。
運ばれていることに意識的ではない読者は、この小説の最後、終着地点に運ばれたときに強い不満を覚える。だが、その不満は青木淳悟がいかにさりげなく企みに満ち、また優れた小説家であるということの証明にしかならない。
他方、運ばれることの快楽を堪能した読者は「このあいだ〜」の終着地点で衝撃を受ける。それは、立体的な情報を有する地図の完成であるとともに、物語の完成に立ち会っているからである。