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そんな風に「乗り越えたもの」「過ぎ去ったもの」として扱うなんて。こどもを見くびってはいけない。
だから「こどものじかん」というのは/「人間」の時間を/はるかに 超えて ひろがっているようにおもう/生まれるまえからあって/死んだあとまで つづいているように思う
という工藤直子のことばに感心した。
『こどものころにみた空は』を読むと、おためごかしに大人が「童心」などと呼んでいるものは、あれは郷愁であって「童心」とは別物だと思わされる。
生のこどものこころはこんなにもスリリングで、傷つきやすく気高い。真実を直感的に捉えているのを思い起こすと大人なんかよりずっと大人だと思ってしまう。工藤さんの詩を読んでいて、私の幼少期は緊張と不安と期待がない混ぜの、とても辛い(でも楽しい)ものだったのをマザマザと思い出しました。(うちは日本一不幸な少女や)というのはじゃりん子チエの有名な台詞だけれど、私も思ってた(大人は気楽でいいなぁ)って。
66歳の工藤さんに、こんな詩が書けるのは生っちょろい童心なんぞがあるからではなくて、日々一刻一刻を、こどもと同じように真摯に戦われているからではなのか・・・そんな風に思った。
ご子息の松本大洋さんのカットも気持ちのゆらぎがあって、素敵です。
切実に親を求める気持ちと、立派にならなきゃ、という誇り、それらの同居する微妙な年頃の子供の心理を、本当に美しく描いてくれました。
子供が読めば、きっと、言葉の「素直な使い方」が分かるでしょう。
そして、素直な言葉はみんなの心に届くのだと気付くでしょう。
あたたかい親の保護を離れ、初めておるすばんしたり、友だちとはりあったりした子どもの頃。緊張して、腹が立って、泣いてしまった幼い子どもの視線を覚えている人たちが作った本です。
詩人が語ったアイデアに、刺激された漫画家がコミックを描きました。(「子どもの頃に見た空は。」コミックモエ No.3(1988年6月発行)掲載。8P。単行本未収録)それに刺激された詩人が作った自家版詩集を、商業出版するに当たり漫画家に絵をつけてもらいました。
ころびながら成長した幼いころをきちんと覚えているから、大人になってから失敗しても立ち直る勇気がもてるのです。
ちなみに、松本大洋のお母さんが工藤直子だそうです。
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