私は外山滋比古氏の愛読者だが、題名に惹かれて読んだ。ことわざというものに興味を持っていたので、著者がどのようなことわざを話題として、どういう解釈をするのかに興味があったからである。結論から言うと、期待していたほどではなかったものの、矢張り読んでよかったと言う思いである。その理由は、話題に提供されたことわざが割りと平凡で分かりやすいものだったからであるが、思えばことわざとはそういうものなのだろう。
自分では、多分そうなのだろうと感じていたことを外山氏にきちんとした文章にしてもらうと自分の考えを整理することができる。例えば、「目くそ鼻くそを笑う」と言うことわざは、英語では「なべがやかんを黒いと言う」と言うのだと紹介しながら、外山氏はこのように述べる、「イギリスと日本で、表現の技法は違うけれども、言おうとしていることは実によく似ている。まったく違ったことばを使い、まったく違った社会と歴史の中に生きてきたふたつの国民が、同じ人間の心理に着目しているというのは、おどろくべきことではないか。人間はやはり人間としての心を共有している。」
話題としている幾つかのことわざの中で、私にとって目を見開く思いにさせてくれたのは、「桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿」である。外山氏は次のように言う。
ことわざの中には、「人を見たら泥棒と思え」と言う一方で、「渡る世間に鬼はない」とまるで相反することを言う。このように、一つのことわざが一方のことを言っていれば、たいてい、その反対のことをとらえたことわざがあるものである。ところが、一つのことわざの中に矛盾するようなことを言っているのは比較的珍しい。この、「桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿」ということわざを直感的にとらえられる人間はすばらしい。
他にも幾つか、なるほどな、という思いに至る解釈があり、やっぱり冒頭にて述べた不満は撤回したほうがよいと思えてきた。