ご高齢でありながら、柔軟な視点と、あたたかなエスプリに満ちた、なだ先生待望の最新作。世の中や人生に疑問を感じたとき、この著者の著作を紐解いてなにかを得てきた人は、おそらく世にたくさんおられるはずと思う。しなやかで透徹した人類文化史観は、いまだ健在の感をあらたにした。
本書によれば、こころの病気を治して問題を解決しようとするのが“精神科医”、話を聞き本人のこころを成長させて問題を解決しようとするのが“こころ医者”であるという。有史以前から、ほんのひと昔前まで、一部を除くほとんどの人が、生まれながらの門地や、自分のまわりのせまい世間の常識と時代的制約の不自由さのなかで、生きてこなければならなかった。しかし、現代では、急速に自由をあたえられたことの代償として、多くの人が“自由であることの不安”をひき受けねばならなくなったと著者はいう。そのような現代にとまどい、不安に悩む人たちに一番必要なことは、各人がこころに‘羅針盤’をもち、‘誰もが精神的により大人になるよう’つとめること、またそれを一人でも多くの人に実現するために、一般の“こころ医者”をふやすことであると。
べつに、精神科医や臨床心理士でなくともいい。忍耐力さえいとわなければ、“こころ医者”には、基本的に誰でもなることができる。相手の話をがまん強く聞き、相手のこころを成長させ、それと同時に、その反映である自分のこころのなかの成長をもみる。これは共同作業であって、そうすることで、あわただしい現代社会に適応する苦痛が、少しでも少なくなれば、みながもっと生きやすくなる。
著者がアルコール症治療の専門家であることから、アルコール依存症を軸として語られることが多いが、基本的な考え方は、どの疾患にも応用が可能であると著者は述べる。“無病息災”といえずとも、“一病息災”。なぜなら、病気は完治させるものばかりではなく、長くつきあい、それをきっかけとして、自分の人生をより大切に生きられるように役立てるべきものであって、それはどのような病気であろうと同じであるはずだから。
そのために、まず、現代の常識が絶対でなく、相対的なものであることに思いをいたし、常識が時代とともに進化し、‘たまねぎの皮’のように多層的に外側へ厚みを増してきたことに目をとめ、できるだけ、誤った知識や迷信と偏見を、正しい情報にアップデートすることが大切である。それにくわえて、わが国の‘狐憑き’をはじめとする‘病気の定義’が、時代や各国の文化ごとに、いくらでもかわりうること、‘病気の定義’をきめるのは、それぞれの時代の相対的な常識であることを、あらためて確認する。また、“治癒にこだわらず、家族や医療者を含めた地域全体が、患者さんがうまく病気に付き合っていける態勢を整えること”が重要とも説く。
本書を読むことで、硬直した現代の常識にとらわれていた世界観と価値観が、やんわり、ゆっくりと柔軟化され、進化する常識を相対化し、より自由な視点から、物事をみられるような気持ちになれて、そして、なにか大切な力をもらえた気持ちにもなれる。現世代と次世代への、かけがえのない贈り物。