名随筆家須賀敦子さんの若き日の散文詩風の物語に、今をときめく酒井駒子さんが絵をつけた夢のような一冊。子羊を抱くうつむいた幼い少年が描かれた白いカバーを開くと、いきなり何かを思い出しそうになった。「あなたはこうちゃんにあったことがありますか。」
こうちゃんという秘密めいた少年との日々が、易しい言葉で語られていく。ひらがなが、これほど視覚的に静かで美しいものであったことに、改めて気づかされた。
笑っているときでさえ、どこか悲しく寂しい影がさしているこうちゃん。出会いの夏から季節がひと巡りしたとき、こうちゃんは行ってしまう。残された「わたし」は、「いつまでもいつまでも泣いて」いるばかり……。
これは、1960年、ミラノの書店に勤めていた須賀さんの個人誌「どんぐりのたわごと」に初めて載せられたものらしい。とすると、イタリアへ渡ってまもなく、須賀さんはこれを書いたのだろうか。同じ頃、彼女はイタリア人男性と結婚するが、その人は七年後に急死してしまう。
誰を想い、何を考えて、この美しい物語は綴られたのだろう。そして、須賀さんの死から数年後の2004年、どんな経緯で酒井さんが絵をつけることになったのだろうか。酒井さんの絵は、初めからそこにあったようにぴったりしている。ためしに、絵を見ないようにテキストを読み返そうとしたが、無理だった。
自分もいつかどこかでこうちゃんに会い、失っていたのかもしれない……。切ない夢から覚めたような気持ちが、心の底に残された。こんな美しい物語に出会えたことを、幸せに感じている。