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第4章ではパソコン通信時代からの変遷と、その時代からカリスマネットワーカーとして活躍し続けている著者に触れる。ネットワーカーであることを恥じずに誇れる時代の到来か。また、カカクコムのような口コミマーケティングの危うさを著者流のやり方で知らしめている。
第5章はタイトルから察するに本書の力点が置かれていると考えたのだが、いまいち理解できない。
ネットジャーナリズムの一翼としてブログが政治的・社会的な煽動のツールになる可能性を示唆している。しかし、著書がネットのオピニオンリーダーとしてその方面に行きたいのか、自己鍛錬のみに励みたいのかは解らない。不特定多数の読者の存在と経済的対価が払われないゆえ、ブログ上では抽象的な一般論に終始しているという著者のジレンマは他の者も同様に感じるものだろう。
第6~7章は著者が運営しているブログのようなつぶやき。
「現実でヘタレはネット社会でもヘタレ」という記述には矛盾を感じた。むしろ、「ネット社会で活躍している人間が現実で活躍しているとは限らない」という方がしっくりくる。ネット社会は現実のごく一部であるからだ。
この章がそれ以前の章の記述を覆しているのではないかと感じることが多々あった。
この著作を通じて感じたことは、著者は自分が感じている限界を踏み越えていく存在を待っているのだろうということ。そして、あとがきにあるように著者を含めたネットワーカーの議論が「お前ら暇だな」という感覚以上のものになること。
評価については、著者のことが好きなのであえてこの評価。スタンスがブレ、切れ味が足りない。
ところで、話題になっている著者の経歴詐称だが(真偽は知らない)、本書を読むことには何ら関係しない。本書の評価がその経歴によってやたらと水増しされることはないだろうから。普通につまらないんだもん。そのネタによって評価が振り回されることのないように。