「くらべない幸せ」は、人と違っていることを「劣等感」に結びつけてしまう人(日本人には意外に多いように思いますが)のための言葉で、人と違っていることを気にしない人、人と違っていることこそがプライドの人には「何のことやら?」でしょう。
ところで、私は「くらべる」vs.「くらべない」とはちょっと別の視点で、自分に役立つ大きなヒントをこの本の中に見つけました。
第五章の、『ダーリンは外国人』の広告コピー「国が違えば、あきらめもつく」を取り上げた箇所です。
著者はこの本を「言語や生活習慣がちがう外国人の夫に驚いたり笑ったりしながらも、彼の方が正しいと思えばそちらに自分も合わせながら互いを尊重して仲良く暮らしていくというほのぼのエッセイ」と評しています。
そして、言語や文化が違うと思えば「これでいいんだ」と自分を納得させられる、と言っています。
ここでは、くらべる相手をあくまで「外国人」と限定していますが(世界に日本人と外国人の2種類しかないような表現自体の問題はさておき)、この「外国人」を「自分とは別の人」と置き換えれば、あらゆる人間関係に応用できるのではないか、と私は思いました。
他人と「くらべない」のではなく、逆に「くらべる」ことで違いに気づき「それに驚いたり笑ったりしながら、互いを尊重して仲良く」が私の理想です。同じ女性でも、同じ日本人でも、自分と他人とは「文化が違う」のですから。
「人が違えば、あきらめもつく」のでは・・・?