竹中氏や小泉元総理への批難は、なぜか個人攻撃になり、論理的な批難は滅多に見られない。単なる嫉妬じゃないのかと思えるものばかりで説得力がない。この本もそうだ。具体的な資料の調査はされているようで、その点は読みごたえはあった。だが、序文で文明の利器を嘆くところからして理解できない。人間にとって進化は自然なことであり、享受すべきことだ。確かに文明の発達により失われたものがあり、その結果、最悪の場合は死を招くほど深刻な問題も出てきた。だが、そうだからといって後ろ向きになるわけにはいかない。新たな問題点は新たな視点で解決に向け取り組むべきで、昔はよかったなどと、もう戻ってこない過去に執着するのは卑怯だ。人が人であればこそ常に変化が起きるのだから、変化を嘆くのは矛盾している。変化を恐れなかった小泉元総理や竹中氏のやったことに全く間違いがないとはいいきれないが、彼らの政策については選挙でも結果が出たことだ。小泉内閣を支持した有権者はB層国民だそうだが、ケチのつけようがない竹中氏の経歴をむきになってこじつけて批難する人に国民を馬鹿にする資格はないだろう。他のことなら冷静に論理的に批評できる人たちが、小泉元総理や竹中氏のことになると子供の喧嘩みたいなことしか言えなくなるのはなぜだろう。その疑問を解決するためにこの本を読んだのだが、やはり解決には至らなかった。