昨年2010年2月に79歳で逝去された日本を代表する海外SF小説翻訳家の浅倉久志氏を偲んで後輩の大森望氏が編纂した全9編収録のSF短編傑作選集です。日頃海外の翻訳小説を愛読する者として何時もお世話になっていながら翻訳家の先生方については私自身これまで深く知ろうとはして来ませんでしたが、大森望氏が本書の解説で愛情を込めて書かれた逸話の数々を読んで浅倉久志先生の多くの人から尊敬される確かな実力と人間性の魅力に触れられて強い感銘を受けました。また本書を読んで「名翻訳家と名作の幸福な出会い」という物は確かにあるのだなと実感致しました。
『オメラスから歩み去る人々』アーシュラ・K・ル・グィン著:不幸な者の存在を容認する事で幸せを感じるという人間の利己的な醜い一面を描く苦い真実の物語。『コーラルDの雲の彫刻師』J・G・バラード著:美と芸術を愛する謎の未亡人と雲の彫刻師の男達との邂逅が招いた不幸な運命の物語。『ひる』ロバート・シェクリイ著:宇宙から飛来した恐るべき無敵の怪物‘ひる’を倒すべく米国の軍人将軍が幾度も立ち向かった末に迎える戦慄の結末。『きょうも上天気』ジェローム・ビクスビイ著:わずか3歳のアンドルー坊やは実は世にも恐ろしいミュータントで、皮肉なタイトルの意味が次第に解って来ます。『ロト』ウォード・ムーア著:遂に核戦争に突入したアメリカで妻と3人の子供と共に車で旅立ったジモン氏が下す意外な決断。『時は金』マック・レナルズ著:素晴らしい着想の時間旅行SFなのですが、既に目的を達成しているのに何故もう一度繰り返すのか?手段が目的を追い越す構造が理解出来ません。『空飛ぶヴォルプラ』ワイマン・グイン著:マッド・サイエンティストが生み出す新生物と来れば暗い物語を想像しますが、意外にも本書中で最も後味の良いほのぼのとした物語でした。『明日も明日もその明日も』カート・ヴォネガット・ジュニア著:不老薬が開発され誰も死なない未来社会の大家族に起きる遺産相続問題の大騒動をミステリー・コメディー風に描き、うんざりしながらも最後にニヤリとさせられます。『時間飛行士へのささやかな贈物』フィリップ・K・ディック著:アメリカ国家の期待を背負って未来への時間旅行に挑んだ3人の時間飛行士だったが帰還時の再突入に失敗し全員が死亡してしまう。時間の輪の中に閉じ込められ永遠に同じ人生が繰り返されるというまずSFでしか考えられない悪夢の様な運命には底知れない倦怠感を感じます。
私はSFとミステリーの両方共に好きなのですが、ミステリーが全ての謎に答が出なければ駄目で少しでも曖昧な部分があると不満が残るのに対して、SFの場合は全く逆で全ての答が示される必要はなく不思議な神秘性が長く持続すればする程良くて完全に割り切れてしまうと却って物足りなく感じるという本質的な違いがあるのだなと本書を読んで改めて気づきとても面白く思いました。本書収録作品はどちらかと言えば読後に気が滅入るブラックで暗い作品が多いですが、硬軟取り混ぜてSF本来の面白さをたっぷりと堪能出来る傑作揃いの一冊だと確信しますのでSF初心者からマニアまで全ての方に自信を持ってお奨め致します。