感覚的なことは主観によるとこが多いので、他人との比較はむずかしい。
自分の見ている赤い色の鮮やかさとか、激辛といってもそれほどでないなとか、
煙草の煙に人一倍不快になるとか、は客観的な数値に置き換えにくいし。
でも、見えるか見えないかだったら、話は単純。写真にとってみればいい。
そうなると、ちいさな子どもは不利で、人混みの先とか、塀の向こう側とか、
背伸びしても目がとどかない場所が多くていやだな、なんてことが
本書の前半で描かれています。画面では視点を子どもに設定してるので、
読者も前が見えなくて、いったいどうなってんだ?と共感できます。
しかし、後半では子どもだからこそ見えるものが登場します。
それが狐火。いわゆる物の怪的な存在ですね。狐たちの奇妙な行列が
現れて、ねえねえ父さん母さん見て見て、となるわけです。
でも大人には見えません、が読者は見れますよ。空想というか
妄想というか、これも主観的なものと言えるけどね。
けっこう写実的な絵。逆に日常世界で狐の行列が見えなくて、
自分は何か欠けているのでは、とがっかりする子どもがでてこないか、
ちょっと心配になったりして。
絵本の中を白昼夢の世界が通り過ぎたことは事実です。