内容紹介
すべてのはじまりは自分のがんだった。青天の霹靂とはこのことだ。不安な要素はなに一つないはずだった。おまけに自覚症状もまったくなかった。私は健康に 関してはうぬぼれていたといってもいい。ところが何十回目かの誕生日の深夜、からだの“南部”のほうに痛みを感じ、その夜のうちに病院の手術室へ運ばれ、 外科医に見てもらうはめになった。結局、医師は私の大腸の三分の一と悪性腫瘍を切り取った。医師がうっかりもらした言葉は私にとって死刑宣告にも等しかっ た。あと「一、二年」の命だという。
愕然とした。人生がひっくり返った。変化のあまりの大きさに、それからというもの口を開くたびに、「私はがんだから」と前置きするようになっ た。
最初は闘病記の形だった。考えや気持ちを日記につけているがん患者のほうが、そうでない患者よりも回復率が高いと知ったからだ。善は急げ、とはじめ た。
だが、書いているうちに単なる日記ではないことに気づいた。目的地はさだかではないが、私はがんの闘病という旅路を歩んでいるのだ。そして、同様の旅をし ている人は他にも大勢いる。やはり、どこへ向かっているのか、どこにたどりつくのかもわからない不安を抱えながら。すると、自分の旅行記をつけているだけ では物足りなくなってきた。同じがんの旅をつづけている人に向けて、そしてその人たちに代わって発信する必要があるのではないか。ここに書かれているの は、私自身の思いではあるが、私だけのものではないはずだ。この本は、がんの旅をつづけなければならないすべての人たちの思いに通ずるものでもあってほし い。そう思うようになった。
手術でおなかを開いてがんが見つかったのは、私の誕生日のことだ。一年間の化学療法がはじまったのは妻の誕生日だった。そのうち化学療法のせいで静脈がだ めになってきたので、胸にグローションカテーテルを入れなければならなくなった(今の医療ではポートが使われている)。そのカテーテルを留置したのが、も ちろん、結婚記念日だ。私たち夫婦は記念日をおそれるようになった。だがやがて、がんがあろうと――おそらく、がんがあるからこそ――毎日が特別な日なの だと気づいた。
この瞑想録はそういう特別な日の連続の中で書いた。すべて当時の思いがそのままつづられている。“あの言葉”を聞いた最初の日のこと、化学療法のせいでお なじみの白くて大きな陶器に向かってゲーゲー言わされたときのこと、こんな目に遭うのは自分のなにがいけなかったのかと首をかしげたときのこと、うんざり するのにさえうんざりしてしまったときのこと。
そんな化学療法の日々も今は昔、現在の私はすこぶる元気だ。治ったというお墨付きをいただいている。それでもときおり、告知されたばかりの頃や化学療法を 受けていた最悪な日々に戻って、当時の思いを書き直してみたいという誘惑に駆られることもある。今なら長期的な展望を盛り込んでやれるのに。ただし、これ までのところその誘惑に負けてはいない。それぞれの段階にはそのときなりのありようがある。それがありのままの自分。それでいい。
内容(「BOOK」データベースより)
自分だけでなく、妻、両親、弟妹、娘、孫までがんになったことで、全力でそれに向き合った牧師のユーモアあふれるがん克服の記録。