スーパーカミオカンデ(岐阜県)での観測・研究・組織運営そして事故後対応等で忙殺されていた折、ひとりウイスキーをストレートでぐいぐい呷って寝酒にしていたことが、戸塚先生自らが認める「がん発症の主因」のようだという。その大腸がんの発見・手術から7年。入退院を繰り返し、公職から自ら身を引き、肺や骨、さらに脳への転移が判明する前後から、戸塚氏は匿名のブログで闘病記、そして宗教論・科学論、さらにカラー写真を満載した草花の観察記を残していく。本書はその戸塚氏と10回近く面談・痛飲した旧知の立花氏が、死の直前の戸塚氏との対談(08年8月の「文藝春秋」所収)の一方、膨大なブログ遺稿の中から、できる限り順序立てて、さまざまな項目を抜粋・編集していったものだ(文庫では、戸塚氏と東大空手部で一緒だった垣添・元国立がんセンター総長が解説を執筆)。
さて、その記述の中心になるのは、末期がんに対する化学療法、つまり抗がん剤の選択と、その副作用、実質的な効き目などについての観察で、戸塚氏のすごいところは、自ら医師にデータの提供を求め、実験物理学者ならではのグラフの作成と厳密な解析を繰り返し、しかもその作業を足場にした「がん患者の闘病記録のデータ化と、全国一律的なデータベース化」を提唱しているところ。同時に、当然その記述には「死」を前にした心境、宗教に対する意識の動きなども淡々と記されており、感情の揺れ動きを窺わせる箇所もなくはないものの、総じて恐ろしく冷静で、まるでひとごとのように死期が近づいていることを予期し、最期を迎えようとしているところだった。これは確かに、常人の及ばざる力技とも言うべきで、評者など、そうしたくだりを読みながら、何度も「戸塚先生はすごい人だったのだな」と唸らされた。