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からのゆりかご―大英帝国の迷い子たち
 
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からのゆりかご―大英帝国の迷い子たち [単行本]

マーガレット ハンフリーズ , 都留 信夫 , 都留 敬子
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単行本 --  

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商品の説明

内容紹介

英国ノッティンガムでソーシャルネットワーカーとして働くマーガレットが次々と訴えられたことは、「私」を探すことであった。幼い頃、家族が死亡したと言われて施設に預けられた記憶を持つ人、大きな船にのって子どもばかりのところにいたという幼い頃の記憶を持つ人など、様々な不思議な幼少期の物語を語られたマーガレット。その一つひとつの話を丁寧に聞くうちに頭の中で構築されたストーリーは、「想像もできないほど多くの子どもたちが、大きな船に乗せられてオーストラリアに送られていた」というもの。
にわかにはそのストーリーが信じられなかったマーガレットではあるが、地道な調査を始めるうちに行き着いた結論は、1970年代まで英国では、施設に預けられた子どもたちを福祉の名のもとにオーストラリアに移民として送って過酷な労働を強い、またそこでは無残な虐待が行われていたという事実であった。親の許可もないまま、ある時には親は死んだと偽ってまで移民させられた子どもの数は実に13万人にものぼるという。長きにわたって親は子を探してその安否に心を痛め、子は親を、また自分自身を探し続けているという事実に驚愕し、一人ひとりから聞き取りを行い、人生を取り戻してもらうために奮闘するマーガレット。時に権力の側から妨害を受け、脅迫に脅えながらも、真実を求めて果敢に立ち向かうマーガレットの姿を描いた感動の実話。
この児童移民の事実については、2009年11月にオーストラリア首相が、2010年2月にイギリス首相が事実を認め、正式に謝罪をしている歴史的事事実である。
この本を基にした映画「オレンジと太陽」が2012年4月より全国で順次公開。

出版社からのコメント

本書は映画『オレンジと太陽』の原作である。著者はイギリスのノッティンガムに生まれて育って、ソーシャル・ワーカーをしているマーガレット・ハンフリーズという女性である。
一頁目には「すべての児童移民とそのご家族に本書を捧げます とりわけ、長きにわたり沈黙のうちに苦しんでこられた方々に 敬意と賞賛の思いを込めて」という献辞がある。
続けて1938年に西オーストラリアのパース大司教が述べた「児童移民歓迎の辞」が引用されている。「ゆりかごが空であることが過疎の一因となっている時代には、供給源を外部に求める必要があります。そしてもしこの不足を我々と同じ人種で補うことができなければ、我々は近隣地域に住む多産な無数のアジア諸種族の脅威に自らの身をさらすにまかせることになるはずであります」。なんと人権意識のない民族差別的な挨拶であることか。
児童移民の実態はあまりにも悲惨であり、国家的策略と慈善団体、キリスト教会の過ちそのものであったことをマーガレットたちは突き詰めていく。児童移民はオーストラリアだけでなくカナダ、ニュージーランド、ローデシアにも送り出されていた。1681年にヴァージニアに入植した子供から始まり、1967年まで続いていた。子供たちが送り込まれたのは強制労働と虐待、飢え、劣悪な環境、レイプといったおぞましいことに満ちたところだった。そこで子供たちは自分のアイデンティティを奪われ、自尊心を消されていったのだ。その数は13万人ともいわれている――。

この本を基にした映画「オレンジと太陽」は厚生労働省社会保障審議会推薦児童福祉文化財として決定。

登録情報

  • 単行本: 379ページ
  • 出版社: 近代文藝社; 改訂版 (2012/2/10)
  • 言語 日本語
  • ISBN-10: 4823108760
  • ISBN-13: 978-4823108761
  • 発売日: 2012/2/10
  • 商品パッケージの寸法: 19 x 13.8 x 3 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 4.8  レビューをすべて見る (5件のカスタマーレビュー)
  • Amazon ベストセラー商品ランキング: 本 - 359,440位 (本のベストセラーを見る)
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5つ星のうち 4.0 国家は隠蔽する 2012/2/6
形式:単行本
今春、この作品を基にした映画「オレンジと太陽」が公開される。

映画紹介より(一部改)
ソーシャルワーカーとして働くマーガレットは、ある日、見も知らぬ女性に「私が誰なのか調べて欲しい」と訴えられる。幼い頃、養護施設にいた彼女は、4歳の時にたくさんの子供たちとともに、船でオーストラリアに送られ、自分がどこの生まれなのか母親がどこにいるのかも判らないという。子供だけで船に乗せられるなんて、最初はその話を信じられなかったマーガレットだが、ある出来事を契機に調査を始める。やがて彼女はこのような子供たちが数千にも上り、中には親は死んだという偽りを信じて船に乗った子供たちさえいたことを知る。そしてその強制的な“児童移民”が政府によって行われていたことも……。ごく最近の1970年まで、イギリスは、親にも知らせずに恵まれない施設の子供たちをオーストラリアへと大量に送っていた。“オレンジと太陽”を約束されながら、実際に子供たちを待っていたのは、過酷な労働や虐待だった……。にわかには信じがたい、この真実。本作はこの真実を明らかにした実在の女性、マーガレット・ハンフリーズの物語である。

この児童移民はオーストラリアやカナダ、ローデシア(ジンバブエ)などの英国領の白人人口増を狙ったものだった。子供ならば旅費や生活費が低く抑えられること、成人に比べ順応性も高いこと、イギリス国内の養護施設で賄いきれないほど保護者を失った子供があふれていたことなどが背景にあった。こうして、第二次世界大戦後のイギリスから子供が次々に海を渡っていく。1970年代まで続き世間を欺いたまま消えたこの政策は、1986年に著者マーガレットが調査に乗り出すまで、明るみにならなかった。誰一人として移民の声に耳を傾けるものはいなかったのである。

すさまじさに言葉がない。
読み返したいとは思えないが、問題意識を持つことに斜に構えないヒトにはぜひとも勧めたい一冊。

わずかな手がかりから肉親を探す過程がサスペンスのようでぐいぐいと引き込まれるが、後半はアイデンティティの空白が人生に及ぼす影響、宗教と慈善の欺瞞、国家の隠蔽体質に衝撃を受け、そら恐ろしくなる。恐ろしくて、読むのを止められず。

大戦前にはカナダにも多数の子供が送られており、この移民たちはマーガレットの調査時にはすでに70〜80歳に達していた。今からルーツを探しても両親に再会できる可能性が低いことを理解しており、マーガレットに言う。
「マーガレット、その人たち(豪に渡った子供たち)のためにできることをしてあげなさい。私たちはもう遅すぎるのだから。きっと家族を見つけてあげて下さい」
政府は豪2009年、英2010年相次いで公式謝罪するが、遅すぎたのである。

昨今の日本を見ていても思うが、国家とは古今東西、隠蔽体質が習い性なのだな。
映画は国家犯罪を糾弾するよりも、移民たちのアイデンティティ喪失から来る深い葛藤に焦点を当てたものとなっているとのこと。
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By FANTASMA UCCIDENDO MECCANISMO (Pagliaccio) トップ50レビュアー
形式:単行本
本書は、イギリスの児童移民について書かれたノンフィクションである。著者のマーガレット ハンフリーズはノッティンガムでソーシャルネットワーカーとしての仕事を通して、偶然に、“かつて、イギリスからオーストラリアへ、子どもだけで強制的に移民させられたひとがいるのではないか”ということに気付く。それは、調べれば調べるほど・・・国家的といってもいい大規模な政策であることが明らかになっていく。著者自身がこの真実にふれていく過程が時系列で詳細に記述されているので、読む者には実にスリルを感じさせる。
この政策は・・・本国の児童養護施設などにあふれる子どもを、英国領の白人の数を増やすために送り込めば、一石二鳥といった思惑から生まれた”児童移民“である。この政策において・・・子どもは適応力かある、費用もかさまないという発想があった。また、イギリスにいては貧しい将来しか望めない子どもが、新天地で農業実習などの教育を受ければ幸せになれる・・・といった理屈もあったようである。
しかし、実際には・・・多くの子どもたちが、強制労働をさせられたり、教会で性的虐待を受けていたことがわかる。
この事実がオーストラリアのテレビで放送されるや、テレビ局の電話は鳴りっぱなしになったという。著者は、一人でも多くの人が、親きょうだい、親戚に会えるようにと、組織を立ち上げた。本書における・・・児童移民だった人の壮絶な人生、自分が何者であるのかわからない苦悩、虐待による精神的な傷、劇的な再開の場面、再開に舞い合わなかった場面などの記述は読んでいる読者にも非常に辛い。
“児童移民“を推進した国、慈善団体、教会・・・には大いなる恥ずべき歴史である。著者に対するさまざまな妨害にあい、命の危険さえ感じたという。
この”児童移民“は第2次世界大戦後から(何と!)1970年代まで続いた(大戦前にはカナダにも、10万の子どもが送られたという)。
著者マーガレット ハンフリーズの調査がなかったら、事の全てはいまだに闇の中であろう。
本書はかなり厚いが、引き込まれるように読んだ。映画”オレンジと太陽“は観られなかったので、“Oranges and Sunshine”のDVDを観たいと思っています。
是非、お読みになることをお薦めしたい!
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形式:単行本
失われた人口の穴埋めとして、農業や家事の担い手として、あるいはそのような子ども達を施設で養育することに対する助成金の「あて」として、そして孤児、浮浪児、私生児等のやっかい払いとして、イギリスとオーストラリアの政府は、「社会政策」としての児童移民計画を進めた。子ども達は「最高の移民」となった、なぜなら、子どもは不平を言えないからであった。

イギリス・ノッティンガムの一介のソーシャル・ワーカーだったマーガレット・ハンフリーズが、自分の親を捜しているオーストラリアのクライアントと出会ったのは1987年のことだった。類い希なる組織的虐待に立ち向かったひとりの女性の軌跡であるこの本が上梓されたのは、1993年のことであるが、著者であるマーガレットは、エピローグの中でこう語っている。
「今から7年前、私はなじみのない町のなじみのない家の入り口に立って、それまで一度も会ったことのない一人の年輩の女性と顔を合わせていた。この時は自分が英国とオーストラリアの社会史の中のもっとも恐ろしく、恥ずべき出来事の上にかぶせられていた蓋を持ち上げようとしているのだとは、まったく理解していなかった。」

そう、この児童移民政策は、まったく恐ろしく、恥ずべきものであった。イギリスから数万人に及ぶと推定される子ども達−しかもほぼすべての子ども達が孤児でも浮浪児でもなく、その多くの親が我が子を海外におくることなど認めなかった、それ故身元を剥奪されていた子ども達−が、異国へ、そして施設に送り込まれ、そこで精神的・肉体的虐待を受けた。その中には沢山の修道会、修道女会の運営する孤児院も存在した。

児童移民のひとりは、カトリック教会への公開書簡の中に次のように書いている。
「・・・イギリスではしたこともないほどの仕事をさせられ、カロリーはきわめて不十分でした。当然こうしたやり方は私たちを苦しい状態に陥れ、その結果はひどい鞭打ちの刑でした。イギリスでは戦争中でさえ、私は飢えを味わったことがありませんでした。」
「私にとってはオーストラリアへの移住そのものが意志に反するものでした。すでにもろかったルーツから私を引き裂き、これまでより遙かに保育対策の貧弱な、半ば不毛な環境に移植されたのですから、これはショックとしか言いようがありません。今私は二つの文化をまたにかけていますが、そのどちらにもルーツはありません。」

別の児童移民は、5歳時に修道士から木に縛り付けられレイプされたことをマーガレットに話した。マーガレットは記す。
「どんなにたくさんの虐待の話を聞いても、私はそのたびにショックを受ける。心の準備ができる問題ではないのだ。」
「私を呆然とさせるのは、犠牲者の荒涼たる心の状態である、犠牲者がその後ずっとその時の痛みから離れられないでいるという事実である。それが私を打ちのめすのだ。」
「レイプされた子が八歳であったとして、それから十歳、十五歳と成長し、やがて若者になり、初めて仕事に就く。そしてガールフレンドを見つけ、夫となり父となる。これらの出来事はどれも、私たちが通過してゆく人生の局面であるが、子供時代の経験はこの旅路の重い手荷物となる。そしこの荷物を人生のこれらの曲がり角を通過しながら、この子はいつも持って歩く。」
「彼はとにもかくにもここで勇気と怒りを見つけ、万難を排してやって来て言う。「これをあなたに渡すよ。ぼくはもう十分に長いこと持ち運んだ。もうあなたにあげる。」
そんなものいらない、と言ってそこに座っているのはよいことではない。その手荷物を受け取ってあげなければならない。なぜならたった一人で生涯持ち歩くには、この荷物はあまりにも重すぎることが分かっているのだから。」

この言葉通り、マーガレットは、彼らの親探しと人権回復のためにトラストを立ち上げ、2万人以上の彼らの「荷物」を受け取った。
そして、1993年、王室以外では初めて、英国の児童移民計画の犠牲者の人権を回復させたという業績により、叙勲されたのであった。

児童移民は、オーストラリアだけではなく、カナダ及びアフリカに向けても行われていた。もっとも初期には1880年代、そして驚くべきは、最後の児童移民は1967年であったことである。つまり戦後の貧困や著しい経済困難ゆえではなく、様々な組織の利害と欲得の一致として、イギリスとオーストラリアの政府を主導に、児童福祉団体と慈善団体を巻き込んで、この醜聞は長きにわたって生み出され、最後にはその醜態をさらすこととなったのであった。
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