山田花子という漫画家は24歳で自殺しました。統合失調症だったそうです。
彼女の漫画は、ギャグ漫画の体裁を取りながらも、ヤマやオチがほとんどありません。そこに描かれるのは様々なシチュエーションにおける強者と弱者。そこで虐げられる弱者の内面。
山田花子の描く漫画では、強者も弱者も、同じようにどす黒い感情を渦巻かせています。美徳は徹底的に排除され、ただ人間関係のぎくしゃくした感じ、場の気まずい空気、鬱屈した思いが実直に描かれます。
たとえ障害を持った人が起した事件でも事件には変わりないし、内向的で意見をあまり言わない子だから優しい訳でもない。当たり前なのに、誰もがあまり見たくないから目を背けて、意図的に忘れている事が、ヤマもオチもない、同じようなストーリー展開の短編をいくつも並べる事で強烈に読者にそういえばそうだった、と思い出させます。
しかし、何でそれを忘れていたかと言えば、「見たくないから」「不愉快だから」です。
「弱いもの」はつまり「支配下におきたいもの」で、「守りたいもの」で、それらが純真で、可憐で、無垢であればあるほど、自分より弱いという属性が強化される。そうじゃないなんて、僕らには信じたくないのです。
おおよそ、この漫画を読んで救われる人や晴れやかな気分になる人は居ないでしょう。その苦々しさを僕ら読者は笑いで表す事が出来ない。苦笑、あるいは露骨に落ち込んだ表情。読者は、それらを一時の感情として、脳の片隅の適当な引き出しに放り込んでおいて、また彼女の作品に触れた時にでもあぁそういえば、と少し引っ張り出して来れば良い。素知らぬ顔をして、自分より弱いものを愛でればいい。
しかし、それらを常に出ずっぱりにして生きなければならない作家・山田花子はどこに弱いものを、守るべきものを見出せばよかったのか。
しんどくて、不愉快で、気持ち悪くて、切ない短編集でした。