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全てに通底しているのは、TVなどマスメディアでは、賛成派と反対派が明確に対立する、というわかりやすい図式が流布しているが、調べれば調べるほど実は利害関係は錯綜しており、そんなに単純に割り切れないことがわかる。
例えば沖縄基地問題であれば、反戦地主はよく話題に上るが、実は地主の中ではほんのわずかの割合(全体の0.4%)に過ぎず、残りの大多数は「地代をくれるから、基地は存続して欲しい。ヘタに返還されても使い道がない」と思っていること。さらに、盛り上がっているように見える基地反対活動も、参加者の多くは現状維持派が「動員」で有無を言わさず参加させられており、「反対運動が適度にあれば、地代がその分上乗せされて地主はより儲かる」という構造が維持されている。
また、地域の全戸に配布されるはずの共有地の地代についても、それを受け取ることができるのは代々沖縄在住の旧住民だけに限られており、最近の移住者には全く配分されない。そのため旧住民と新住民の間には深い溝が存在していること。などなど、調べれば調べるほど事実は複雑怪奇となり、誰が誰のために基地反対運動をしているのか、よくわからなくなってくる。
限られた時間しか使えないTVが典型だが、そういった複雑な事情をどんどん捨てていき、わかりやすい対立構造だけを示してしまうと、ものごとの本質が見えなくなる。全ての解決策は両極端の白か黒かではなく、その間にある白より、もしくは黒よりのどの点に置くか、という事のはずが、白黒どちらかしか選択肢が無いように見えてしまう。残念ながら、そんなに世界はカンタンじゃない。
文章も読みやすく、すべての方に薦めます。
「わたしの主観的な考えではなく、みんなのことを考えると…」と発言することは確かに正しいし、そのように考えることが「社会」を構成するために必要であることは間違いない。
ただ、ときに、主語を「みんな」とすることで、反論の機会を与えなくするその方法に、筆者は「おかしさ」を感じているのだと思う。
「統計では、過半数が…」、「国益のために…」、「事故が起きる確率が高く??周囲に居住する住民のために…」云々。
多くの方がレビューで書かれているように、この作者はけっして「いいきらない」。「こちらが正しい」と断定しない。
よく考えればわかることだが、「第三者」が、当事者ですら混乱している現象に対して、明確な評価などできるわけがない。
「自分はこう思う」と、意見をいうことなら簡単かもしれないが、事実に忠実であればあるほど、データを多く集めれば集めるほど、二元論的ないいきりは難しくなる。
どの章もおもしろく、考えさせられる。そのなかでも特に、わたしが「ピコーン」と感じたのは、
第一章「親切部隊:小さな親切運動」。
第六章「反対の賛成なのだ:沖縄米軍基地問題」。
第九章「ぶら下がり天国:富士山青木ヶ原樹海深訪」。
終章「からち?り民主主義:あとがきに代えて」。
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