著者への期待度が高すぎるだけに、その反動だろう、残念だった。雑誌のインタビューで、『決壊』『ドーン』に続く三部作(アイデンティティ・クライシスで破滅→「分人」思想のなかで突破口を発見→この人と時間を共有しているときの自分が好き=「愛」?)とのことだが、前二作にくらべ、文章も構成も世界観も、「凝り」が遥かに足りないように感じた。
ひょんなことから義足を作るようになった相手との恋愛、しかもその相手が「魔性の女」とメディアで表象される美人だけれども面倒くさそうな女優、という設定はなかなかに興をそそり、また所々にハッとさせられるような表現や思想が綴られている。だが、肝心の二人の恋愛の過程、それをめぐって起きるやりとりや心の動きがどうにも平凡すぎるように思えて、こんなわかりきっていることを、あの『決壊』の著者はわざわざ言いたかったのか?と当惑してしまう。
再びインタビューにいわく、既存の恋愛小説は「恋」を主に描いているので、自分は「恋」よりも「愛」をきちっと書きたかったのだという。だが、本書の終盤で示されているのは「愛」の入り口みたいなもので、むしろ全体を通していかにもな「恋」の描写が多かったように思う。その「いかにも」についてはさすがに技巧満載に表現されているので、まあ、それなりに楽しいんだけれども。
著者の作品としては、もっとわけがわからないぐらい「凝り」のあるものを読みたいと感じてしまう。