苫米地氏が口語で本を書く理由が分かった。
著者は、釈迦のスタイルを採用している。釈迦は、弟子から
「あなたの言ったことを書き残していいか」と問われ、「誰にでも
分かる口語で書きなさい」と指示し、弟子たちは当時、上流階級の
言葉であったサンスクリット語ではなく、当時の口語であった
パーリ語で書き残したという。庶民相手の手抜きではないかとの
疑いは消えた。
新書という限定があり、多くの主張に論拠は示されていない。
しかし、なぜか説得力はある。それは私が「空」や「中観」をかじった
経験があるからだと思う。いくら平易に書いたところで、体験としての
「悟り」以前の「空」や「中観」が言語によりある程度は理解されて
いないと、この大阿闍梨の説法の「おいしいところ」を取りこぼすことに
なると心配される。
しかし、それが理解されなかったとしても非常に有益な情報がたくさん
盛り込まれているので、★5つとした。
仏教伝来以来の日本の仏教は、釈迦が説いたことから大きく逸脱して
いること。そのことが日本人の目を曇らせスピリチュアルや占いなどの
「オカルト」を簡単に受け入れてしまう素地を作ってしまったこと。
仏教の起こりからこれまでの変遷が概観できること。他の宗教は対立を
生むが仏教ではそれが回避できること。悟ることが目的ではなく、その
あとに何をするかが大切であることなど、駆け足ではあるが広く関連付けて
解説されている。
苫米地氏のどの本にも出て来る「スコトーマ」が、やはりここにも登場
しているが、仏教思想的に説明されており、むしろ分かりやすい。
著者は、マッドサイエンティストなどと揶揄されたりしているが、意外と
マジメな一面も垣間見られる。著者の仏教者としての考え方を理解すれば、
一見いかがわしく見えるこの大阿闍梨がこの社会で何をしようとしている
のかが見えてくるように思う。
論拠が示されない部分は断定を避けた表現になっている。それは違う
のでは、と思う部分もあったが、社会に貢献し、良くしていこうという
姿勢に対して減点なしとした。
苫米地氏の熱狂的な支持者(信者?)がたくさんいるようだが、私は
判断を預けて熱狂するつもりはない。仏教を始め、さまざまな宗教をよく
知っており、まともに考えていると思うのでお勧めしたい。