昨年、つまり2011年の暮れに、とあるジョイントライブで、それまで名前すら知らなかったシンガーソングライター鈴木亜紀の歌をたまたま聴いた。聴いたのが『Blue Black』に入っている数曲であることは後にわかったのだが、歌の素晴らしさにすっかり魅入られ、めったにないほどの幸福感に満たされて帰宅した。鈴木亜紀が写真も撮り、エッセイも書いていることはライブ会場で知ったが、その日は財布の都合でなにも買えず、後日、CDと書籍を少しずつ買いためていった。
そのエッセイの面白さは予想をはるかに超えていた。鈴木亜紀がぞっこん惚れ込んだアルゼンチンの歌手リリアナ・エレーロとの邂逅の旅(「惑星リリアナ」)、故郷焼津のじいさまばあさまと行くにぎやかな中国旅行(「みんな中国へ行く」)、ハブや蛭に怯えながら西表の森を歩く沖縄旅行(「もの思い」)、焼津で兄Mと過ごす掛け合い漫才のような至福の正月(「ただよう正月」)、この世の果てパタゴニアで味わう蟹料理(「果ての海」)等々と、10年あまりのあいだに著者が経験した旅のあれこれが、独特なユーモアを交えて語られる。
自然やニンゲンと出会うまま、鈴木亜紀の身体は目まぐるしく変化する。鼻血をドボっと出して鬱血が治ったり、食あたりで下痢をしたり、船酔いで吐いたり、虫にさされて腫れ物を無数につくったり、海に漬かったまま30回も放尿したり(ああ、気持ちよさそう)、流暢とはいえないらしいスペイン語で、でもなぜか異国の人々と深く理解しあったり、お金がなくて他人から借りたり、お金がない他人に奢ったり、涙が思わず溢れたり、笑ったり。鈴木亜紀の感覚は出会う人々と自然にたいしてめいっぱい開かれているのだ。そして獰猛なまでの好奇心。世界にここまで無防備に開かれ、世界とここまで深く交換=交歓できる身体は、今日、ほとんど奇蹟ではないだろうか。こんなにニンゲンと自然が愛おしくなる旅行記を、私はついぞ読んだことがない。著者自らによる、そこはかとなくユーモラスな写真や挿し絵にも、じつに深い味わいがある。
鈴木亜紀のホームページで公開されているコラムも読んでみた。やっぱり面白かった。独特の世界観が私を捉えて放さない。こちらもいつか単行本で読めるようになることを切に願う。