(1)「格の高い戒名は、その人の善行や宗教上の功徳に関係なく、カネで買える」と言われ、仏教自体が腐敗している表れとして批判されている。
著者はこの点について、お寺の経営問題のような世俗的な側面から論じるのではなく、仏陀が唱え実践した元来の仏教と現代日本の仏教がいかに異なるものであるかという点から説き起こしている。
(2)著者の主張は、不正確を承知で言えば、(a) 釈迦の死後、教団の性格は大きく変容し、自ら悟りを開く宗教から大乗仏教的な宗教に変わった、(b) 仏典・お経そのものが釈迦自身の教義そのままを伝えておらず、そのうえ中国での漢訳を経ることで「偽経」が加えられている、(c) 日本では神道との関係で、神道と仏教の両者が影響を与え合っている、(d) 日本の各宗派は仏陀の教えからは到底導き出せない教義を教えている、(e) 戒名は江戸幕府による宗教・信者統制の結果広く国民に広まったものである、などを説明している。
(3)私は、「仏陀の教えと現代の大乗仏教的な教えとが異なるのは誰でも認識しており、そのことを声高に論じることにどれだけ意味があるか」と思いつつ読んだが、それでも日本の仏教とはどんなものかを再認識する意味では大変興味深く読んだ。
(4)しかし、これらの厳格な主張にもかかわらず、著者は、戒名の現状を否定してはいない。この点については、論理が一貫していないように感じた。