山岡鉄舟先生のもっとも正確といわれた伝記。
最晩年の内弟子である小倉鉄樹翁が書かれている。
江戸城無血開城の立役者は勝海舟とされていますが、実はその命がけのお膳立てを鉄舟先生がされていたのですね。
【本書138・139ページより】
(前略)六郷河を渡ると官軍の鉄砲隊が両側に並んで警備している。山岡はその中央をづしづし行くが咎める人がない。やがて本陣らしい前に来たのでずかずかと這入り隊長らしい男に大音あげて、「朝敵徳川慶喜家来山岡鉄太郎大総督府へ通る」と怒鳴った。この隊長は篠原國幹であったのだが、山岡の見幕が激しいので面喰らって、「慶喜、慶喜」と小声で二こと三こと云ったばかり、あっけにとられて見守り、周囲に並んでいた百人ばかりの兵士も勢いに呑まれて手も出さず、口もきかなかった。
「朝敵」と頭から名乗ってかかるところに山岡の面目が踊ってるじゃやないか。あたりまえなら、朝敵の汚名を受けては官軍の前に気が退けて、こそこそと門前を通るのだが、四民救済の大願から立った山岡には胸中敵も味方もないのである。(後略)
1937年発刊の書の復刻本のため旧字体ですが、すべてルビが振られており少々よみすすめれば慣れると思います。
お値段が4800円と少々高めですが、鉄舟先生の魅力満載の本です。
【非常に良く品切れになり入手が困難になる本です。出版元である島津書房はもう少し定期的に供給してほしいと思います。】
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