主人公の少年トムは、生まれつき「話せない」という障害をもっています。
両親と言語療法士のルース以外とは話もできないし、気持ちを通じさせる
こともできません。しかしある日、動物園でゴリラに手話で話しかけられ・・・
それが、ある事件へとつながっていくのですが。
トムは「頭もおかしくない、耳は聴こえるし、表情もある、身振りもできる。
ただ話せないだけ」です。しかし「手話」を理解しない人とは意思の疎通がで
きないという設定です。少なくとも学校に通い、他人の話す言葉の内容をきち
んと理解しているように思えるのに、「書く」という手段で自分の言いたいこ
とを伝えることがないのです。どう考えてもおかしな設定です。
私は手話サークルで聴こえない人と交流をしているので、手話をつかうゴリ
ラと少年の物語と聞いて、面白そう!と思い読んだのですが、トムの障害は、
耳が聴こえないのではなく、声を出す機能がうまく働かない障害のようです。
手話は、耳が聴こえない人たちのコミュニケーションの手段として、身振り
から自然発生的に言葉となり、伝わってきたものです。聴こえない人が何故し
ゃべれないかというと、声が出ないからではなく、耳で聴いて音を確認できな
いので、音の出し方や調節がうまくできないからです。(聴こえなくてもしゃ
べれる人は、声を出す練習を日々重ねて本当に大変な苦労をされてしゃべれ
るようになるのです)
著者は、「手話」をよくわかっていないのに『しゃべれない=手話』という
考え方から、そのイメージで手話を使うゴリラを登場させたいためにこの本を
書いたのでは?と思いました。
ただひとつ、「しゃべれないからといって、考えないわけではない」という
メッセージだけはいいと思いましたが、一番ひっかかるのは、〜障害者は障害
を克服しないと、健常者の社会には受け入れられない〜つまり声が出なければ
言いたいことは伝わらないと言っているように感じられることです。