この作品を娯楽として読めば、多くの人は流れが悪いと感じるだろう。本作は確かに"マンガ"ではあるが表現手法としてのそれであり、極端に言えば文学作品に向き合うようなスタンスで読んだほうが(私の場合は)しっくりくる。
「この先の展開が楽しみ」といった楽しみを提供するものではなく、先の読めなさこそがこの本の醍醐味であり、そこを楽しめなければ本作はただ惰性で続いているだけのようにも見える。ドツボと言えばドツボだが、そこがリアルで、故に評価されるし批判もされるのではないだろうか。
井上雄彦さんの作品でいえばバガボンド(の又八)やリアル(の野宮)も「ダメな自分に自己嫌悪→それから抜け出そうと試みる→失敗する→自己嫌悪(以下、ループ)」という表現があり、"マンガとしての展開"は滞っている(ように私は感じる)。そのドツボにハマるという現象、人間としての弱さの表現が生々しいからこそ、評価されてもいるのだと思う。
話が少し逸れたが、本作が描こうとしている内容もそれに似ているよう感じる。ただ決定的に違うのは、やはりシュールレアリズムな描写だろう。読み手がプンプンに自己投影できそうでいて、しかし独特の現実離れした表現はそれを許さない。作品に引き込もうとして、同時に突き放そうともしているように感じる。この距離感は、映画や小説ではできないと思う。
ヒーローやアイドルのように「かっこいい」「憧れる」みたいに向き合うことはできないし、自分と重ね合わせることもできない。でも、全く他人のこととも思えない。その不思議な魅力が自分のようなモラトリアム人間を惹き付けるのではないだろうか。
このマンガが色んなところで高い評価を受けるにつれて、昭和生まれの自分としては「子供の娯楽として」ではなく「表現手法の一つとして」のマンガも市民権を得てきたのだなぁ、と強く思う。
...ただ、毎回のようについてる「○○さんも読んでます」「雑誌○○で賞に選ばれました」みたいな帯がウザいので★3で(笑)