これは、“恋”が始まるまでのプロセスを繊細に優しく描いた物語。そして、タイトルの意図的な行間から感じられるように“音”が癒しとコミュニケーションの重要な役割を果たしている映画。ある意味あり得ない偶然に次ぐ偶然の設定なのだが、“恋”をする事の磁力に引き寄せられたように、映画的リアリティを以て、ラストは必然的な帰結として感動させられる。
ラヴ・ストーリーであるにも拘わらず、そしてアパートでの薄い壁1枚のみで繋がっているにも拘わらず、主人公ふたりは一向に“恋”を始めようとはしない。恋愛はインスピレーションと言うものの、人と人とが直接的に向かい合う事への懐疑ともどかしさ。恋愛に奥手と言うよりも、まずは自分たちの現状と将来について思い悩む、これは、我々と等身大の感覚を持ち合わせた若者たちの物語。全編すれ違いの連続なのだが、たよやかにゆっくりと流れる時間そのままの主人公ふたりの心の移り変わりが、ラストに向けて、静かに深々と語られる。
麻生久美子が何度となくフランス語を複唱する、男女間の感情の機微、心の動きを描いている辺りフランス映画的でもあるが、この過剰なまでのナイーヴ感は、やっぱり熊澤尚人作品であると思う。
こんなに優しすぎていいのかとも思うが、現代ではやはりこんな恋愛が相応しいのかも知れない。