子どもの頃に、朝の連続ドラマ「おしん」の内容がよいということで、なかば「説教的に」おしんの子ども時代の部分だけ、見た、魅せられた経験を持つ人へ。
私もそんな一人でした。「辛抱は美徳」的な価値観が強要されているように移り、またあまりにも現実離れした過去の世界と自分の世界に共通点が無く、感動する大人を冷ややかな目線で眺めていました。
橋田壽賀子さん曰く、「私がドラマに込めたはずのメッセージがまるで理解されていない」という言葉を、新聞の書評欄で見かけたとき、興味が湧きました。
橋田さんは、「じつは『おしん』で私が書きたかったのは、『日本人はもうこれ以上、経済的に豊にならなくてもいいのでは?!』『そろそろ身の丈にあった幸せを考えてみてはどうですか』ということでした」だから、「おしん」は「修生ドラマ」ではない、と言い切っています。
見せかけの豊かさに踊らされないで、生きるための知恵を持ち、ひとりひとりが「身の丈にあった物差し」を持って、今の時代と向き合うことの大切さを強く訴える、85歳の橋田さん。もう祖母はいませんが、祖母の世代の人の話を聞くことが少なくなった今、謙虚に、自分自身を振り返りながら、橋田さんの語る言葉に耳を傾けました。耳の痛い話も多いですが、お年寄り特有の自慢話や、説教話ではなく、自らの失敗談を交えながら、優しい言葉で愛を持って語られる文章に、ふっと、心の荷物が軽くなった印象を抱きます。
ままならない世の中で、心を充実させて生きていくのは困難を伴いますが、少なくとも飢え死にすることはない恵まれた世の中だからこそ、12個の「しん」を噛みしめながら、困難を楽しむ余裕を持ちたいものだと思います。