たしか架空の街「光が丘」の話しでしたよね、いきなりオーストラリアに話しが飛んでいたので面食らってしまいました。
おいしいコーヒーの入れ方って言うタイトルも手を伸ばしやすく、読みやすい小説と認識してました。
書かれてる内容も親近感が持てたのに、なぜか話の中心が「ダイアンのセレブ異母姉妹」の妹に話がすり替わり
知らぬ間に、一巻読み損ねたかと思ったほどです。 連載再開も重なり新刊のオクチ直しにと、のぞいたら
アレックスのようなセレブ妹が実は…でした、なんて話を聞かされても、どう理解しろというのでしょうか?
話のトーンというか、感情の流れ方運び方…そういったものがチグハグで、わたしの中では残念な状態でした。
もう商店街で主人公の知り合いの中で、紆余曲折する話しではなくなっていたのがすごく残念です。
個人的な意見ですが、逃げてると思います。主人公がじゃなくて、作者がです。今までは完結しないように
主人公を10年?も大学生のまま放置してたのに、2ndシーズンで急に路線変更はかなりまずかったと思います。
もともと誰もが共感して「こんなことあったよね」って頷けるポイントがあったのに、最近はそれもないなぁ〜って
感じてただけに、さびしい気持ちばかり残って新刊と再開した連載を読み終えました。
わたしには大金持ちやセレブの気持ちも、海外で異文化に暮らす人の気持ちもよくわかりません。
オーストラリアにも住んでいないし、もともと庶民ですから… 村山先生もオーストラリアに長くずっと住んでた
っていう、プロフィールもないし、取材や旅行行ったくらいの現実感しかないわけで、今まで以上の親近感は望めない
ではないでしょうか? 惜しむべきは取材旅行に行ったと書かずにいてくれたら…とも思いました。
それに海外に逃げたのも、作品中では中沢氏がもう先にやってることだし、もっと辛い思いをしたのも中沢氏。
マスター、由里子さん、かれん、主人公よりも流す涙は悲しいはずです、みんなの前から姿がいなくなってもなんの解決にも
ならないのではないでしょうか? 村山先生の作品以外の言葉(巻末や連載と同じ公式HP)のいう、言葉はごまかしであり、
救いにもなりません。絶対ハッピーエンディングにするという、何年も先の話しに逃避しないで欲しいです。
村山先生はどんな小さなことでも、自分のことを話さずにはいられない性分の方とお見受けしました。
精神的なストレスがどうのとか、体のどこそこが…とか、わたしたちになんの関係がありましょう?
プロの仕事をする人間はそう言えば許されるのでしょうか、むしろそうした事情は見せない、感じさせないもの。
“励ましやみなさんのご意見募集中”なんて…ある意味、今まで作品を支えてきた読者たちに、アイディアまで頼る気ですか?
わたしたち読者の方がストレス社会で生きていて、もっとヒドイ環境や持病を抱えた人達がいるのに…最低限の常識すら忘れたのですか?
100歩譲っても、200歩譲っても、自ら選んだ好きな仕事して、一定水準の生計を立てられる、恵まれた環境にいる人です。
メンタル管理を読者の褒め言葉の中に求める前に、その甘ったれた作者の物の考え方や言葉選びを治してほしいです。