(まず,この本は1997年に出された「改訂版 ひとつ屋根の下の他人」を再編集・改題したものだそうですので,既にお持ちの方はご注意を。)
案の定,というべきか,中心的な問題認識は「いつもの通り」だ。心の中に未解決の葛藤を抱え,それを直視できない神経症的な夫(妻)は,相手に心を開けなかったり,その葛藤のかりそめの解決を相手を不必要に非難して満たそうとしたりするため,結婚生活も上手くゆかなくなることがある,と言う。
神経症的な夫は,妻に対する依存心と敵意という矛盾する感情,つまり心理的な葛藤をそもそも持っている。神経症的な夫はその葛藤を直視しようとせず,解決もできない。そこで心理的な葛藤を一時的にせよ満足させようと,妻を何時間もねちねちとなじりつづける事になる。
さらに恐ろしいのは,妻の側もそのような夫と真正面から対決しようとせず,男運の悪い,「不幸な女」という役柄に安住しようとするケースも多いということだ。これによって夫と本気で喧嘩する心理的負担を逃れられ,夫を失うリスクを避けられる。また「不運な女」として周囲の同情をかうことができ,自分の価値を(神経症的に)確認する事ができるからだと言う。このような関係を「依存的敵対関係」というそうだが,何と恐ろしい言葉かと思った。
このように,夫婦でありながらお互い本心を隠していて,心の通い合わない夫婦がかなり多いとしたら,本当に寂しい事で,薄ら寒い気持ちさえしてくる。夫婦の間でさえ心が開けないとしたら何と空々しい人生だろう。著者の言うとおり,人間の心とは,にこやかに穏やかに話し合っていれば心が通い合うような,単純なものではない。時には感情をあらわにして,怒りや悲しみ,辛さをぶつけ合ってこそ,相手の本心が分かり,本当の心のふれあいが得られるだろう。
一日一回夫婦ゲンカするくらいの方が良いそうだ。怒った時に人の本心は現れるという。自分も怒るが,自分も相手の怒りを受け止めるという感情の交換が必要なのだろう。それならば喧嘩ばかりしている我が家は意外にも合格かと,変な自信を持ってしまった。