「古事記伝」を書き終えた年、寛政十年(1798年)に六十九歳で書き上げた国学入門「うひ山ふみ」と、著者の死後に発刊されたという、生前に門人と交わした問答集「鈴屋答問録」を併せて収録した文庫。簡素な校訂がなされているだけで、本居宣長の地の文が味わいやすい内容になっている。
「うひ山ふみ」は全体に力が抜けてゆるゆると読みやすい文で、最初に学びの筋を短く示し、その後で各項目に詳しい説明を付していく展開で話が進む。学びを進めるからには志が立ってあるのだろうからどう進んでもいいのであろうが自分の場合はこうだったしこう進むのがいいのではと、古事記・日本書紀・万葉集などといった古典の読み進めを、文法や有職故実の理解や必要によっては漢文仕立ての文献をも用いつつ続けていくこと、注釈を書いてみるのも効果的で歌を詠むことも大変に役に立つなど、国学にとっつきやすいような学びの筋を示している。
「鈴屋答問録」は、その収録しているのが宣長が四十八歳から五十歳までの頃の言葉で、「うひ山ふみ」のような洒脱な語り口は見られずに力の入った説明が読める著作。上田秋成との論争を経験して、古事記伝も鋭意書き進めている最中、語釈や仮名遣いに関わる質問や故実に関わる質問に熱っぽく答え、神道に関わる質問ではさらに語りに熱がこもる。当時埋もれて謎の書になっていたという古事記をほかの人みんなが読めるようにしていく作業をなしていたからこその儒仏の教えへの反駁は、今の目から見ると納得しやすいと思う。むしろ、江戸時代までになぜ儒教や仏教がここまで勢力を伸ばしたかということのほうが、古事記の読める現代からすると不思議だし、古事記が読解不能だったことがその理由の一つにもなるのだろう。
また、当時までのこういった知識がいわゆる「秘伝」として神秘化された上で権威付けされていたのを、他の人にその筋合いを明らかにする形で文に残した点でも非常に価値があると思う。本居宣長の意見に反対だと思う人でも、文章が明らかにされているからこそいえることだし、古事記や源氏物語を取り付きやすいようにしてくれたのもそれに通じるものがある。
他の文庫であっても触れてみるといい著作だと思う。この岩波文庫版ももちろんおすすめ。