出版社/著者からの内容紹介
人類があお向けに寝るようになったため出現したイビキ、睡眠時無呼吸症候群、酸素不足による脳卒中、不眠・・・。
「安静の姿勢」と思われていた“あお向け寝”の弊害をなくすのは、人類の進化の過程に合わせた“うつぶせ寝”だった!医療の現場から発見され、全国に広まりつつある「腹臥位療法」の研究結果を元に、「うつぶせ」姿勢の驚くべき効果を検証する。まったく新しい健康法の革命のための、正しいやり方と安全のポイントをお届けします!
「安静の姿勢」と思われていた“あお向け寝”の弊害をなくすのは、人類の進化の過程に合わせた“うつぶせ寝”だった!医療の現場から発見され、全国に広まりつつある「腹臥位療法」の研究結果を元に、「うつぶせ」姿勢の驚くべき効果を検証する。まったく新しい健康法の革命のための、正しいやり方と安全のポイントをお届けします!
内容(「BOOK」データベースより)
人類があお向けに寝るようになったため出現したイビキ、睡眠時無呼吸症候群、酸素不足による脳卒中、不眠…。「安静の姿勢」と思われていた“あお向け寝”の弊害をなくすのは、人類の進化の過程に合った“うつぶせ寝”だった!医療の現場から発見され、全国に広まりつつある「腹臥位療法」の研究結果を元に、「うつぶせ」姿勢の驚くべき効果を検証する。まったく新しい健康法のための、正しいやり方と安全のポイントを解説する。
内容(「MARC」データベースより)
人類は仰向けに寝るように作られているわけではない。イビキ、睡眠時無呼吸症候群、肺炎、血行不良、不眠などを治す睡眠姿勢はうつぶせだった。医療と健康の概念を覆す、驚きの効果を検証。
著者について
日野原重明(ひのはら しげあき)
1911年生まれ。1937年京都帝国大学医学部卒業。1941年聖路加国際病院内科医を経て、現在聖路加国際病院理事長、同名誉院長。聖路加看護大学理事長、同名誉院長。(財)ライフ・プランニング・センター理事長。予防医学の重要性を指摘し、日本初の人間ドック開設に携わったほか、医学・看護教育の充実、ターミナル・ケア(終末期医療)の普及に尽力。2000年には75歳以上の健やかな老人の「新老人の会」を結成。1999年文化功労者、2005年文化勲章受章。ベストセラーとなった『生きかた上手』(ユーリーグ)、『いのちの哲学詩』(ユーリーグ)、『私の幸福論』(大和書房)ほか著書多数。
1911年生まれ。1937年京都帝国大学医学部卒業。1941年聖路加国際病院内科医を経て、現在聖路加国際病院理事長、同名誉院長。聖路加看護大学理事長、同名誉院長。(財)ライフ・プランニング・センター理事長。予防医学の重要性を指摘し、日本初の人間ドック開設に携わったほか、医学・看護教育の充実、ターミナル・ケア(終末期医療)の普及に尽力。2000年には75歳以上の健やかな老人の「新老人の会」を結成。1999年文化功労者、2005年文化勲章受章。ベストセラーとなった『生きかた上手』(ユーリーグ)、『いのちの哲学詩』(ユーリーグ)、『私の幸福論』(大和書房)ほか著書多数。
川島みどり(かわしま みどり)
1951年日本赤十字女子専門学校卒業。1951年から1971年まで日本赤十字中央病院に勤務し、1966年から東京看護セミナーの会員として看護研究に従事する。1979年より柳原病院教育婦長となる。現在、日本赤十字看護大学教授、健和会臨床看護学研究所長、日本看護技術学会理事長。
丸川征四郎(まるかわ せいしろう)
1969年神戸大学医学部卒業。麻酔・集中治療を専攻し主に呼吸生理学・呼吸管理学を研究する。1994年に兵庫医科大学集中治療部診療教授を経て、1995年より兵庫医科大学救急・災害医学教授となる。救命救急センター部長を兼任。阪神・淡路大震災やJR尼崎線脱線事故など、災害救急医療の最前線に従事している。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
日野原 重明
1911年生まれ。1937年京都帝国大学医学部卒業。1941年聖路加国際病院内科医を経て、聖路加国際病院理事長、同名誉院長。聖路加看護大学理事長、同名誉院長。(財)ライフ・プランニング・センター理事長。予防医学の重要性を指摘し、日本初の人間ドック開設に携わったほか、医学・看護教育の充実、ターミナル・ケア(終末期医療)の普及に尽力。2000年には75歳以上の健やかな老人の「新老人の会」を結成。1999年文化功労者、2005年文化勲章受章
川島 みどり
1951年日本赤十字女子専門学校卒業。1951年から1971年まで日本赤十字中央病院に勤務し、1966年から東京看護セミナーの会員として看護研究に従事する。1979年より柳原病院教育婦長となる。日本赤十字看護大学教授、健和会臨床看護学研究所長、日本看護技術学会理事長
丸川 征四郎
1969年神戸大学医学部卒業。麻酔・集中治療を専攻し主に呼吸生理学・呼吸管理学を研究する。1994年に兵庫医科大学集中治療部診療教授を経て、1995年より兵庫医科大学救急・災害医学教授となる。救命救急センター部長を兼任。阪神・淡路大震災やJR尼崎線脱線事故など、災害救急医療の最前線に従事している(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
1911年生まれ。1937年京都帝国大学医学部卒業。1941年聖路加国際病院内科医を経て、聖路加国際病院理事長、同名誉院長。聖路加看護大学理事長、同名誉院長。(財)ライフ・プランニング・センター理事長。予防医学の重要性を指摘し、日本初の人間ドック開設に携わったほか、医学・看護教育の充実、ターミナル・ケア(終末期医療)の普及に尽力。2000年には75歳以上の健やかな老人の「新老人の会」を結成。1999年文化功労者、2005年文化勲章受章
川島 みどり
1951年日本赤十字女子専門学校卒業。1951年から1971年まで日本赤十字中央病院に勤務し、1966年から東京看護セミナーの会員として看護研究に従事する。1979年より柳原病院教育婦長となる。日本赤十字看護大学教授、健和会臨床看護学研究所長、日本看護技術学会理事長
丸川 征四郎
1969年神戸大学医学部卒業。麻酔・集中治療を専攻し主に呼吸生理学・呼吸管理学を研究する。1994年に兵庫医科大学集中治療部診療教授を経て、1995年より兵庫医科大学救急・災害医学教授となる。救命救急センター部長を兼任。阪神・淡路大震災やJR尼崎線脱線事故など、災害救急医療の最前線に従事している(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)