表題の「うから はらから」とは、親族・同胞といった意味で、本作品の登場人物の多くも血族・姻族として括られる関係にある。
しかし、単純に家族を描いたものと括れるようなものではなく、深く考察することも可能。ただ、本作品の魅力は、素直に作中の言葉を読み語ることでこそ味わえるものと思う。
本作品の登場人物は、突飛な人格や奇妙な言動は「殆ど」ないが、どこか素直には受け容れられづらい、軽い違和感のある者達が多い。しかし、その受け容れづらさは、作品の読み辛さや抵抗感にはつながらない。むしろ、その逆に、次第次第に読み進む自分に気付くはず。その理由と私が思うのは2点。
一つは、活き活きとした登場人物達の語り。老人、都会の若者、田舎の人、外国人、元夫婦、新婚、上司と部下、親と子・・・人間は言葉を交えることで関係が出来る・壊れるのだなという当たり前のことを再認識。ヘンな表現、訛り、口語、タメ口etc.をあますことなく表現した筆の冴えは作者ならではの妙と思う。
もう一つは、登場人物の誰もがストーリー的な結果を求めず、また、作者も大した顛末を用意していないこと。何やかんやと出来事は起きているが、その展開よりは、その場その場での登場人物達の語り言葉にこそ本作品のお楽しみがあると思う。これって、やはり落語的だと思う(またかい)。最終章のタイトルは「いつも偽家族」だが、別に「家族とは」とか「現代の関係性の希薄さへの批判」なんてことではなく、サゲがついているね程度の受け止めでよいのだと思う。
だって、私達の生活の多くは、結果オーライで大した顛末もなく、日々流れていくのだから。