内容紹介
イラク邦人人質事件をめぐって沸き起こったバッシングの嵐。「自己責任」の名のもとで、人質とその家族を責めたてたあの一連の出来事は、いったい何だったのでしょうか? 事件直後、ネット上で6000名もの署名を集めた「サポートする会」の醍醐聰東大教授の呼びかけで集まった論者は、法学・政治・メディア報道・思想などの研究者、専門家。バッシングは収束したかに見える一方、なおイラク派兵継続中のいま、多くの違和感を残し続けるあの「自己責任論」を、一時の時事問題として過去に押しやるのでなく、理性の目で冷静に捉え返した唯一の書です。
内容(「BOOK」データベースより)
イラク邦人拘束事件をめぐり沸き起こった「自己責任論」バッシング。単なる時事問題として過去に押しやるのではなく、法学・政治・メディア報道・思想など、多角的な視点から根底的に問いなおした、必読の一冊。
内容(「MARC」データベースより)
イラク邦人拘束事件をめぐり沸き起こった「自己責任論」とは何だったのか? 法学・政治・メディア報道・思想など多角的な視点から、自己責任論を根底的に問い直す。2004年7月開催のシンポジウムを書籍化。
抜粋
ここで問題にしたいのは、二〇〇四年四月のイラクは本当に「誰も責任が取れない状態」だったのか、ということである。イラクの治安悪化の責任の所在は、どこにあったのか。責任のとれるイラク政府は成立していなかったが、代わりにイラクの行政、治安安定をになうべしとされた機関がなかったのだろうか。また、戦後の治安を悪化させた背景には何があるのか、その悪化の引き金となる原因を取り除く努力をしなかったことへの責任は、誰に問われるべきなのか。
さらに言えば、そうしたイラクの現状を、誰が正確に報道し、正確に人々に伝えただろうか。希望的観測や政治的判断、主義主張に基づいて、イラクで起きていることの一部を取り出して描き出すような「見せ方」がイラク報道で蔓延したために、そうした「見せ方」では見ることのできない「生身のイラク」を見たいと、旅に出た人々が思ってしまったのは、誰の責任なのだろうか。そして中東地域全体で治安が悪化した原因は何か、という背景説明を、中東研究者をはじめとする知識人が、一般の旅行者や民間組織に伝わるようにちゃんと伝え、説明し続けてきたのか、という問題も忘れてはならない。(「イラク「混乱の責任を問われるのは誰か」酒井啓子 より)
さらに言えば、そうしたイラクの現状を、誰が正確に報道し、正確に人々に伝えただろうか。希望的観測や政治的判断、主義主張に基づいて、イラクで起きていることの一部を取り出して描き出すような「見せ方」がイラク報道で蔓延したために、そうした「見せ方」では見ることのできない「生身のイラク」を見たいと、旅に出た人々が思ってしまったのは、誰の責任なのだろうか。そして中東地域全体で治安が悪化した原因は何か、という背景説明を、中東研究者をはじめとする知識人が、一般の旅行者や民間組織に伝わるようにちゃんと伝え、説明し続けてきたのか、という問題も忘れてはならない。(「イラク「混乱の責任を問われるのは誰か」酒井啓子 より)