本書は語りを活字化したもので、丁寧体の文章表現である。その語り口は、心の奥に浸透してくるような優しさ、含蓄の深さがあり、多くの五木フアンの源泉のようなものになっている。
いま、この時代を生き抜く力を、どう取りもどせばいいのか、かけがえのない生命の重さを共に考え直そうではないか、という訴えかけが原点になっている。
泣かなくなった日本人…親鸞は和讃集で「人びとよ、悲しんで泣け」と言っている。慈父悲母…父の励まし〈慈〉の言葉ももさることながら、母の慰め〈悲〉の涙に、傷ついた子の心は癒される。言葉を尽くして説得するのではなく、ただ黙ってその痛みや苦しみに同調(シンクロ)する〈悲〉の感情が大切である。情を排除した戦後日本に問題がある。
これからは、すべての命を尊ぶ心の豊かさが大切であり、人間中心主義から生命中心主義へ向かう必要がある。「縁なき衆生」こそ大事に、「乾いた社会」がもたらすのは、「乾いた人間関係」にすぎない。
「青い鳥」の意外な結末、つかめなかった「坂の上の雲」…人の世の切なさ・悲哀、それもまた人生の真実として認めねばならない。
日本人が劣等感にしていた「神仏混交=信仰上のあいまいさ」をひとつの豊かな感性として、アニミズム(何物にも魂)も大切に、21世紀を、寛容による他者との共生に生きなければならない。
乾いた心にそそぐ旱天の慈雨のような内容の一書である(雅)