映画や文学などの評論で知られる著者が、30年以上も連れ添った妻を亡くしたのが2年前。その妻との、今思えばささやかで穏やかだった日々のかけらの数々を綴った一冊です。
妻との暮らしの回顧録と聞いて思い浮かぶのは、妻との出会いから別れまでを時系列に沿って描いた書というものですが、これは真に著者が、あの頃はこうだった、このときはこんなだったと、記憶のおもむくままに思い出してはそっと筆をあてていくといった構成になっています。思い出のコラージュです。
時系列にそって冷静沈着に拵え上げたという書ではないだけに、著者自身のたゆたう胸の内に読む側の心も重なって、恵子夫人との日々を追体験することになり、著者の悲しみが一層胸に染みる思いがしました。
それにしても著者の「
マイ・バック・ページ―ある60年代の物語」を以前読んだ時に恵子夫人のことは書かれていなかったように思います。あの事件によって逮捕され、朝日新聞社を解雇された著者を、結婚前の夫人が凛として支え続けていたとは。苦い事件を経験した著者が後に文筆業で生計を立てるに至ったのも夫人の精神的な支えがあったればこそだったというわけです。
ロシア人画家イワン・クラムスコイの「忘れえぬ女(ひと)」にまつわる著者と夫人の思い出に強い共感を覚えました。私も著者同様に渋谷Bunkamuraザ・ミュージアムの展覧会であの作品の前でしばらく佇んだものです。
そう、そんな絵画作品や、街並みや、映画の中に、長年一緒に歩いた人の思い出が刻まれている。そういう記憶を持てる者は、確かに最愛の人を失うのは心砕かれる体験ではあるものの、やはり幸せであるというべきなのかもしれません。