本書は2009年12月、アジアの玄関口福岡で開催された「福岡国際シンポジュウム」で講演した有馬学、松本健一、中島岳史、劉傑、李成市のアジアを考察する内容となっている。
この中で面白いのは中島岳史氏の話である。氏の著作である『中村屋のボース』において玄洋社には思想が無いと切り捨てたが、講演の中では玄洋社に対して批判のトーンが下がっている。場所が玄洋社を生みだした福岡ということもあるのだろうが、どこかで玄洋社の「心情的アジア主義」を思想として形成しようという変化を感じる。氏は東京裁判史観で歴史を学んできたと思うが、その戦争裁判史観による歴史が欧米の帝国主義による捏造であることに徐々に気付いてきたのではと思った。
今でも、玄洋社は朝鮮半島、大陸を侵略した軍部の手先と信じ込んでいる学者が多いが、丹念に史実を拾い上げて行けば真逆にあったことがわかる。東京裁判史観では朝鮮半島の植民地化を進めた玄洋社として理解されているが、反対に玄洋社が辛亥革命という大陸の独立を支援した事実との乖離は解説されていない。
いずれにしても、中島氏が「なぜ、宮崎滔天は岡倉天心と出会わなかったのか」「なぜ、内田良平は幸徳秋水と出会わなかったのか」ということを述べていることに、思想という系統だった理論の存在を希求する変化に驚くばかりだった。中島氏がよく口にされる「心情的アジア主義」、これこそ、東洋思想の根本なのではと思うが。
また、陸羯南というジャーナリストの名前が中島氏から出てきたが、この陸と玄洋社の関係、孫文の秘書を務めた山田純三郎と陸との結びつきから心情的アジア主義を解明していくとダイナミックな理論に展開するのだが。