登山家山野井泰史と妻妙子。対するは泰史の父親孝有と母親孝子。そして妙子の母親。それぞれに「いのち」を持ち、互いの「いのち」を慈しんで生きている。登山家といっても独自な登山をするふたりで、そろって「障害者」である。登山中の出来事でそれぞれが手足の指を失っている。
そのふたりの「いのち」と向き合ってきた父親は、「遺稿集出版」にはしたくないと78歳にして書きあげた稿を『親と子 山と人生 五分五分』と題して昨年末に自費出版した。その本を読んだ編集者が、広い読者に提供したいと著者らと再編集して上梓したのが本書である。数多くの登山や日常生活が適度に描かれていてよい読み物になっている。
泰史の少年時代から現在まで、妻孝子とどのように子を育て、その「いのち」と自分らの「いのち」をどう共鳴させてきたかが生き生きと書かれている。その物語は、通常の親子関係を超えていて厳しい。子の進路には口を挟まない、登山をするとして親からは金銭の援助はしない。温かい親子関係がありながら、子の自立を妨げる親の関与はしないという親子関係を築いている。
子と親との関係が、親の暴力や甘えさせなどで崩れかけているように思える現在、この本は、子を持とうとする人、子を持ち育てつつある人、成人した子らを見つめて自らの老いを噛みしめている人に励ましを与えてくれる。
独身を生涯に貫く人もいる。その人たちにもこの本は参考になろう。その人らは、独身でありながら社会のどこかでひとり生きている「子」らにどう対したらいいか。独自の「親子関係」を保たれるならば、社会はさらに豊かになろう。
本書の終章には、山野井泰史、妙子らの「挑戦」「前向きさ」に励まされてよき日を送ることができたという何人かの声、文が披露されている。その人たちは、泰史らが限られた条件、環境の中で精一杯に生きていることに感動して自分の「いのち」に思いいたり、一日一日を誠実に生きようと心定めるのであるらしい。その人たちの他にも、泰史、妙子に背を押され、心休めることができている人びとがいるだろう。本書を読むことで、そうした人々の輪に新しく加わる人も出よう。
登山家山野井泰史、妙子に関心を寄せる人たちの他に、親子、人間について考える人たちに広く読まれてほしい。