北村薫が自身の父が綴った戦前の日記をもとに描く昭和3年から4年にかけての日々。父・演彦(のぶひこ)は童話作家を目指して仲間たちと同人誌活動にいそしむ慶応ボーイであった…。
北村薫らしい、端正で選び抜いた日本語で紡ぐ昭和の暮らしが、心に沁み入ります。
丹念に資料を当たり、時代の空気の匂いまでもを再現しようとする努力は、北村のこれまでの作品『
鷺と雪』などでおなじみのもの。安心して読み進めることができるといえます。
淀川長治、金子みすゞ、折口信夫といったそうそうたる顔ぶれと父とが、ほんのわずかに縁(えにし)を結ぶ瞬間が現れるところも興趣を添えます。
しかしなんといってもこの物語の要(かなめ)は、今は亡き父が若き日に抱えていた、何かを成し遂げたいとたぎらせた青い思いと、そこへたどり着けないということを日々強く承知せざるをえない焦燥とです。そんな父の姿を、痛みと慈しみをもって著者は描きます。
「若者は、すぐに高揚したり打ちのめされたりするものだ。」(151頁)
「何者かになりたい、何者かでありたい―――という思いは、容赦なく若者を責める。時にそれに捕らえられ、身動き出来なくなることもある。
―――鴻ちゃんは、すでにこんな展覧会を開くまでになったのか。
それなのに自分はという思いが、鞭(むち)となって心を打つ。」(209頁)
残念であると同時に、幸いであることに、物語はまだ幕を閉じていません。
冒頭に姿を見せた≪春来る神≫であるうら若き女性とは、一体誰なのか。
「物語は、書かれるべく待っている」と最後に記された著者の言葉を信じて、今はその日をじっと待ち続けるしかありません。