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最も参考になったカスタマーレビュー
3 人中、3人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 4.0
理不尽な戦犯裁判だが、その元凶は辻政信にある,
By 千保川隼人 (富山県高岡市) - レビューをすべて見る
レビュー対象商品: いっさい夢にござ候―本間雅晴中将伝 (中公文庫 M 14) (文庫)
太平洋戦争のフィリピン作戦で、バタアンに構えたアメリカ軍を降伏させ、アメリカ人1万5千、7万4千8百人のフィリピン人を戦争捕虜とした。彼らを60から120きりメートル離れたサンフェルナンドの収容所まで徒歩で移動させる過程で、1200人のアメリカ人、1万6000人のフィリピン人捕虜が死亡した。その原因には病死もあったが、銃殺、残虐な虐待によるものもあった。世に言われた「バタアンの死の行進」である。司令官であった本間中将自身はその事実を知らずに、親米英派であることが遠因となり勇退させられていたが、戦後俘虜虐待の罪で戦犯裁判に起訴される。彼の銃殺刑前には明らかになっていないが、ノモンハン事件で敗戦の実質上の責任の一人であり、シンガポール華僑虐殺事件の責任者ともいわれる辻政信参謀が大本営から戦闘指導に派遣されており、「米比軍の投降者はまだ正式に捕虜として認定されていないから、一律に射殺すべし」と偽の大本営命令を口頭で伝達したことが原因であるらしい。法的私刑として本間中将はあきらめて銃殺を受け入れるものの、辻政信は戦後自分が戦犯として死刑されると予想して失踪する。後日、日本に帰り、衆議院議員にもなっていることからみると、日本は自ら戦争の責任者を裁けなかったことがわかるのは、情けないことであり、本間中将を知る人々には悔しい事実である。
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